襲撃の夜(3)
少女は少しの間、動かず、腕を流れていく血に神経を通わせた。
そうすることで、血を伝い、森の全ての存在が感じられるようになる。
神経と魔力を使うから、そう長くは使えない技だが、相手の居場所を探るぐらいなら造作もない。
挨拶代わりにと、閉じていた目を開き、血の流れる腕を勢いよく横に払った。
払った腕から飛び散った血が、森を染める人間達の血の中へと混ざり、意識を向けた先で刃を作る。
威嚇のつもりで作った刃は、木にぶつかると崩れ、他の血と混ざっていった。
今の一撃で、他の生き物なら人間ではない存在の気配を察して逃げ、同族ならば姿を現すだろう。
当然、彼女も、そうなることを予想していたのだが、
風が横を通り過ぎ、背後の木に何かが刺さる音がした。
すぐに振り向き、木に刺さった大振りのナイフを目にして、少女は顔を歪めた。
こんなものを使うのは人間ぐらいなものだ。それも殺す気で刃を向けてきた。
人間が、どうして近づいてこられるのか。
月の眷属の力が効いていないことに苦々しい思いが湧きあがり、少女は唇を噛みしめた。
月の眷属の魔力には、他の生き物を狂わせる力がある。
そして、今の森には彼女の撒いた血の魔力が溢れている。
人間ならば、彼女の存在に気付くことも出来ない筈だ。
長く生きてきたつもりだが、吸血種の力から抗えた者と遭遇するのは彼女もこれが初めてだ。
吸血種より、自分より勝るものが存在するとは思わなかった。
少女の纏う空気が変わり、血に染まった森の中に、冷たい風が吹いた。
間を置かずに四、五回、腕を払い、零れた血が刃となって相手を襲った。
そのうち二つか三つは、避けられ、砕かれたが、残りは肉を切る感触と、刃に血が染みこむのを感じた。
「人間よ、予の首が欲しいなら姿を現せ!」
再度、手を振り、刃を作りながら、少女は叫んだ。
「このままではそなたは死ぬぞ! 見逃してやるから姿を現せ!」
叫んでから、一旦手を止め、相手の様子を窺ってみたが、相手が動く気配はなかった。
もう一撃、仕掛けてみるかと手を動かしかけた時、突然、人影が現れ、〈少女〉は驚いた。
相手の動向を読み切れなかったことに動揺もしたが、現れたのが、どう見ても背の高いだけの人間の男だったことに、さらに驚いた。
そこらに転がっている死体と似たような格好から察するに、転がっている連中と同業者と思われる。
ただ、その手に銃ではなく、時代錯誤な棒切れのような刃物を持っていたことに、少女は眉を潜めた。
男は、見る限り、屈強なわけでもなければ、特別な装備を身に着けているわけでもない。腕や足にところどころ、先ほど彼女が付けたと思われる切られた痕があるから、彼女を襲ったのは、この男で間違いはないのだが。
彼女を仕留めようとした、あの嵐のような騒ぎの中を生き延びてきたとはとても思えなかった。
得体の知れない男に、少女は半歩引きながら「動くな」と命じた。
月の眷属には、他の生き物を従わせる力がある。男も足を止めて、顔を上げた。