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陽だまりに月  作者: 長菊月
怪物と英雄と弱者と
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月の行方と夜の花(1)

 南には、どんな事情がある人間だろうと、どのような異形の姿の者であろうと、受け入れる豊かな町がある、そんな噂話を聞いたのは、〈男〉がまだ少年だった頃だった。

 海を渡って向こうに行くか、山を越え、戦地を抜けて行くか、どちらも厳しい道だと言われた。

それでもどうにか辿り着いた時、〈男〉は、とても騒がしく、厄介な町だと思った。

その感想は、町を離れ、戻ってきた今でも変わらない。

 海に面したその町は、昔から、他所の土地との交流が盛んだったらしく、常に人の出入りが多く、土壁の建物が大小様々に立ち並ぶ狭い道には、捨てられるほど人と物で溢れ返っていた。

港で開かれる朝市も、いつ行っても祭りのような大騒ぎで、この町で買えないものはないと言われるのも納得がいった。

 そして、噂通り、どんな余所者が来ようがお構いなしの町であったが、その影では、知った顔が突然姿を見せなくなっても、身内と借金取り以外は探そうともしない、〈男〉の生まれ育った場所によく似た所もあった。

 探し求めた異郷の地でありながら、故郷と似た空気を感じたからか、〈男〉がこの町に馴染むのは早かった。

 怒鳴り声に、笑う声、食べ物の匂い、腐りかけたゴミの臭い、いくつもの音や匂いが入り混じる中を、杖に着けた鈴を鳴らし、〈男〉は懐かしい道を歩いていた。

 比較的に広く、人通りの多い道から、狭く入り組んだ裏道へと回ると、人の影もまばらになり、代わりに物やゴミが行き道を塞ぐ。雑多に転がる物と物の間には、物乞いや昼間から酒や薬に溺れ寝転がる者も潜んでいる。

 それらを器用に避けながら、〈男〉は目的の場所へと足を進める。

 ここにいると、海の向こうのあの森が、いかに過ごしやすかったか思い知らされる。

 同じ港町でも、あちらは海風が冷たく、上着を着なければ、肌寒いほどだったが、ここは、日陰に入っても、歩けば服に汗が染みこみ、熱気が喉を乾かす。

 海を渡っただけで、これほどまでに気候が変わるとは、〈男〉は向こうの町に行って初めて知った。

 向こうの町では、人が少なくても、〈男〉が目立つようなことはなかったが、こちらの町では、昼間の蒸し暑さから、薄着で肌を出す者の方が多いからか、ぼろぼろの軍服を着る〈男〉は以前から人の目を引いていた。

 人の出入りの激しい町だから、仕事を求めてこの町にやってくる傭兵も少なくはないが、〈男〉のように生地の厚い軍服を好んで着るような者は、〈男〉の他にはいないのかもしれない。手にした杖の鈴が鳴る度に、どこからか視線を感じる。

 熱気と視線に曝される、この空気も、いつの間にやら嫌いではなくなっていた。

 まだこの町に来てから数年しか経っていないが、戻って来たことに不思議と懐かしい気分を感じる。

 記憶にある道順を思い出しながら足を進めていくうちに、徐々に目的地から漏れた匂いが〈男〉の許にも届いてきた。

 花や果実とは違う、作り物の煙の匂い、香の匂いだと聞いた。

 離れていれば、確かに良い香りだとも感じるが、〈男〉は、この煙の中で生きようとは思わなかった。

 女を抱いて生きないかと、〈男〉も何度か誘われたことはあったが、冗談なのか、本気なのか、わからない言葉を真に受ける気にはなれなかった。

 それに、欲に溺れ、堕落を求めて生きるのは、〈男〉の性には合わないと思った。

 いくら女を抱いたところで、〈男〉には壊して生きる以外に道はない、そう思い知らされるだけだった。

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