陽のあたる場所へ(2)
夜が明け、空が白く変わっていく頃、森には〈彼女〉が撒いた血が霧に変わり、中を覆い尽くそうとしていた。
〈少女〉が〈男〉に死ねないことを打ち明けた日、ねぐらから出た〈少女〉は、外で日が昇るのを待った。
夜明けを外で過ごすのは、〈彼女〉にとっても久方ぶりことだった。
陽の光を浴びても死ぬことはないとわかった時からずっと、〈彼女〉は夜明けを目にするのを避けてきた。
夜明けは〈彼女〉に絶望を与えた。
己が太陽の光の下でも死ぬことはないと気づいた時、〈少女〉が感じたのは、不死への喜びよりも、身も凍りつくような、終わりのない生への恐怖だった。
陽の光に手を伸ばしても、肌は焼け、痛みには襲われるが、指の一本ですら燃え尽きることもなく、体も死に至ることはできない。
試しに一人で荒野をさ迷ったりもしてみたが、意識を失い、目が覚めたら、〈彼女〉の為に、付近の人里と多くの月の眷属が犠牲になっていた。
それまで死にたいと思ったことはなかったが、いつか終わりを迎えられるはずだった、その自由を永遠に取り上がられてしまったことに、嘆かずにはいられなかった。
差し出された血を拒むことができなかった、そのたった一度の過ちに課せられた罰は、〈彼女〉には重すぎた。
いくら〈彼女〉が死を望んでも、死に瀕すれば、体は〈彼女〉を生かそうと、血を求め多くの命を奪いとっていく。己の暴走を〈彼女〉は止めることが出来なかった。
陽の光を浴び、蕾のまま花びらを散らす紅い花々を、羨ましいと思ってしまうのも、きっと失ってしまったものへの未練からだろう。
風が吹けば、紅い花びらが舞い上がり、白い空に、灰となりながら散っていく。
窪地の端に腰かけて見ると、空も花も遠く感じる。いくら陽の中に手を伸ばしても、届かないものがあるのだと、思い知らされるようだった。
花を枯らす為に、花の咲く窪地には、霧は下りてはいかない。
陽の光の中で命が散っていくのを〈少女〉は一人で見送っていく。
「ここにいたのか」
低い男の声がして、一つの人影が〈少女〉の体を包み込んだ。
「こんなところに座り込んで……死にたいのか?」
「そなたが血の一滴も残さず消し去ってくれると言うのなら、喜んで今すぐこの身を捧げてやろうぞ」
「馬鹿を言うな」
「そうじゃな。そなたはここで予を助けようとしてくれた。陽の光に向かうのを止めようとしてくれたな」
「……」
背後から男のため息が聞こえたが、〈少女〉は振り向かなかった。
呆れているのか、怒っているのか、〈少女〉は男が何を考えているのか知らない。何も知らない。人間のことなど知らなくていいと思っていた。
『貴女方が求めるのは人間の血なのでしょう?』
妖精種の言葉通り、吸血種が人間に求めるのは、血に宿る魔力だけ。人間に対する興味や執着はあっても、その人間個人が、何を考え、何を思い、何をしようと吸血種にはどうでもよかったはずだった。
それが、いつからだろう。
もっと話したいと思ったのは、拒絶されること恐れるようになったのは、知って欲しいと、知りたいと思ってしまったのは――美しいものさえ拒むその目に、映りたいと思ってしまった。
けれど、怪物が、バケモノが、人間に寄り添いたいなどと、愚かにも考えた所で、何も出来るはずがない。
吸血種は、人間を餌か好奇心を満たす玩具のようにしか思っておらず、人間も、月の眷属のことを、命を脅かす存在として恐れを抱いている。一方的に奪い、奪われるだけの関係でしかなかった者に、同族からも恐れられるだけの存在に、今更、何を望み、何ができようか。
吸血種である〈彼女〉が人間の〈男〉に与えられものなど何もない、傷つけて苦しめるだけなら、いっそ殺してくれた方が、お互いに幸せだと思っていた。