願いと呪い(10)
「隠すつもりはなかった。お前達にとっても、あまりいい話ではないから、話すつもりはなかっただけだ」
「やはり、我らのことを知っておったのか」
「知っていると言っても、お前が勘ぐるほどのことは知らないはずだ。
話したくなかったのも、俺は、お前達の仲間を殺したことがあるからだ」
「そやつも、そなたに殺して欲しいと願ったのか?」
「そうだ。だから殺した。俺は、自分が生きる為に、そいつを殺した」
〈男〉が月の眷属を殺したことに、〈彼女〉は大して驚きはしなかった。
扉の向こうから、ぼそぼそと、何かを考え込むように、呟く声が聞こえる。
この扉は、こんなにも薄かったのか。何を言っているのかまでは聞こえないが、その小さな声も聞き逃さないように、〈男〉は薄い扉に頭を付けた。
「そなたには……そなたのその目には、月の眷属の精霊種の加護が施されておる」
「精霊種の加護?」
「月の眷属の精霊種が気に入った者にだけ与える力じゃ。
それで、そなたに一つ聞きたいことがある。そなたの目は、本当に見えていないのか?」
〈彼女〉の言葉に〈男〉は目を瞑った。問いかける声は、確信を持ったものだった。
目を開けてみたが、闇に慣れた目でも、部屋の中にある家具の配置も、ろくに見えなかった。
「ほとんど見えていないのは本当だ。ただ、俺の場合は他の者とは違うようだ。よく見える時と見えない時があって、余計なものは見ないようにしている」
「余計なもの?」
「俺を育ててくれた爺さんに、ずっと言い聞かされてきたことだ。余計なものは見るな、聞くな、考えるなと」
「余計なことは何もするな」と、口数の少ない老人から、厳しい声で何度も何度も、釘を刺すように繰り返し言われた。
子供の頃は、老人がどうしてそんなことを言うのかわからず、ただ従っていただけだったが、今ならよくわかる。何も知らないまま仕事をこなすだけの人生は、とても楽だった。
与えられた仕事を熟すだけで、特に不自由のない毎日。狭い世界だったが、不満を抱いたことはなかった。