願いと呪い(9)
「それで、そなたはまだ予を殺す気があるか?」
「急に何だ?」
「急にではない。昼間から問うてきたことであろう。もしも、予が、死にたいと告げたなら、そなたは予を殺してくれるか?」
「……何で俺なんだ?」
「そなたには、予の力が効かぬからだ。これは、そなたにしか頼めぬことだ。予を殺し、血の一滴も、肉の一欠片も残さず日に当てて、灰にしてくれ」
〈彼女〉の答えに、〈男〉は大きくため息をついた。
出会って間もない人間に、自分の死を頼むなど、普通ならば正気の沙汰ではない話だが、〈彼女〉は本気なのだろう。扉の向こうから聞こえた声は真剣で、縋り付くような必死さも、〈男〉は感じていた。
同時に、〈男〉には、自分の目の特異さを思い知らせる言葉だった。
「俺を生かしたのも、お前を殺させる為か?」
「それは……」
〈彼女〉は答えに口ごもった。それが〈男〉には意外だった。
月の眷属を殺せる人間などそうそういない。利用する為だと、はっきりと言われると思っていた。
〈男〉には〈彼女〉を殺せる力があるというだけで、食らう者と、食われる者の立場は変わらない。〈彼女〉が〈男〉に気を使う必要などないはずだ。
天敵扱いされないだけありがたい話でもあったが、今は釈然としない気分だった。
「そなたのその目は、月の眷属によるものか?」
唐突に切り替わった質問に、〈男〉は反射的に声を荒げた。
「違う! これは生まれつきだ!」
「じゃが、そなたは我々月の眷属のことをよく知っておる。人間にしては知りすぎるほどじゃ。そなたは一度、我々月の眷属の下で過ごしたことがあるのではないか?」
核心を突く言葉に、〈男〉は苦い顔をした。
扉に背を向けた状態で、向こう側には声以外は何も伝わっていないと思っていたが、人間ではないものには、何か伝わるものがあるのかもしれない。油断したつもりはなかったが、隙を見せてしまったことに、心の中で自分自身に悪態をつきたくなった。
〈男〉は再びため息をつくと、観念して、言葉を選びながら答えた。