願いと呪い(8)
「昼間のことだ。お前の話を聞かず、怒鳴りつけてすまなかった」
「それは……予は人食いのバケモノじゃ。人間であるそなたに、信じろという方が無理ではないか」
「それでも、一方的に決めつけたのは悪かった。あの時は、お前の事情に耳を貸そうとすらしていなかったからな」
「うむ、わかった。気持ちだけでも受け取ろう」
「では、改めて、聞いてもいいか? あの花は何の為に植えていたんだ?」
「死者を眠らせる為じゃ。月の眷属の魔力は、死体になっても影響が残る。花の下に埋め、魔力を根こそぎ吸い出さねば、勝手に動き出すようなことがあるかもしれぬからな」
「そうか……感謝する」
言葉と共に、〈男〉は〈彼女〉に心から感謝した。
月の眷属に殺された者がどうなるのか、〈男〉はこれまで考えたこともなかった。
〈彼女〉の言うとおり、死してなお、月の眷属の魔力に翻弄されるようなことがあると言うのならば、死体を何もせずに埋めたところで、別の被害が生まれるだけだ。
それに、この森には〈彼女〉達が何か仕掛けを施しているのか、普段は人間が近寄らないようになっているようだ。花が咲いても惑わす人間が来なければ、無害とも言えるだろう。
「それと、もう一つ。お前に、殺して欲しいのかと尋ねたことも……勝手なことを言って悪かった」
「……」
今度の謝罪には、〈彼女〉も何も言わなかった。
〈男〉もまた、最初から〈彼女〉に許しを求めてはいなかった。
謝罪の気持ちと言葉を一方的にでも告げたかっただけで、〈彼女〉がどう思おうと、〈男〉は黙っているつもりだった。
「そなたは……そなたは、我々、月の眷属のことをどこまで知っておるのじゃ?」
「どこまで……?」
想定外の返答に、〈男〉は真剣に考えた。
〈男〉が知る月の眷属の情報など、人間の血肉を食らうバケモノであることや、太陽の光に弱いなどの、誰もが知っているようなことばかりだ。
〈彼女〉が気にするような特別なことなど、話した覚えがない。
「……我々、月の眷属は、死の否定から生まれた存在だ。それ故、我々には生き物のような寿命というものがなく、自ら命を絶つこともできない性質になっておる。我々は、死を望むなら、他者にこの命を差し出さねばならんのじゃ」
「他人に殺してもらわなければ、死ぬこともできないということか」
〈彼女〉の言葉に、〈男〉は、かつて主だった者のことを思い出した。
あの月の眷属もまた、自ら命を終わらせることが出来ず、人間に死を願ったのだろうか。
あの『願い』に応えたことが正しいことであったのか、〈男〉にはやはりまだわからない。