願いと呪い(5)
ところが、〈少女〉の背後で、森が突然ざわめきだした。
「口を慎め、妖精種! 同胞からも嫌われ、辺境へと追いやられた半端者は貴様らではないか!」
森の方から、低い男の怒鳴り声が響いた。
〈鳥〉の声だと、すぐにわかった。
女も直ぐに気づいたようで、声を聞いた顔つきが変わり、目を血走らせ、〈少女〉の背後の森を睨みつけた。
「人の姿にもなれない、醜い、醜い獣種が何を言いますか! 吸血種の影に隠れてこそこそと、他者に尻尾を振る卑怯者が何を言いますか!」
女もまた、白い顔を歪ませ、髪を振り乱し、森に向かって怒鳴り散らした。
獣種と妖精種、同じ月の眷属でありながら、両者の溝は崖よりも深い。
真面目で、人間との共存も拒まない獣種には、何も考えず好き勝手に、派手に食い散らかして生きる妖精種は、許しがたい存在らしい。罵り合いは、止まることなく、過熱していった。
放っておけば、二人とも朝が来るまで、お互いの存在を否定し続けるだろう。
こうなることを避ける為にも、〈鳥〉には話が着くまで隠れているように言っておいたのに、こんな簡単なこともできないとは、〈少女〉は呆れてものも言えない気分であった。
吸血種である〈少女〉には、〈鳥〉と、この妖精種の、どちらの言い分にも興味はなったが、このままいつまでも言い争いを続けられるのは、厄介でしかない。
面倒だが、放っておくわけにもいかず、〈少女〉が割って入るしかない。
「それで、妖精種。貴様は何の為にこの森に来たのじゃ? ここが獣種の縄張りであることは、貴様にもわかる筈であろう」
〈少女〉が声をかけると、女は悪口を言うのを止め、〈少女〉に向かって、何事もなかったように、にっこりと微笑んだ。
「目を探しに来たのです。とてもきれいな目を。例えば、そう、昼間、貴女方が匿っていた、あの人間の美しい目を、あの目を片方いただきたいのです」
「ならん。あれは予の獲物じゃ。執念深い吸血種の獲物に手を出せば……どうなるか貴様も知っておるな」
「えぇ、えぇ、わかっておりますとも。だから、目だけで宜しいのです。目だけが欲しいのです。
貴女方が求めるのは人間の血なのでしょう? ならば、二つある目の片方は、私が貰ってもいいはずです。その通りでしょう? そうでしょう?」
迷いなく訴える妖精種の期待の眼差しに、〈少女〉は一瞬、戸惑った。
「目を片方」「求めるのは人間の血」女の言葉が、頭の中で繰り返される。
何を求め、何を得る為に、あの人間を生かしたのか、〈少女〉にはわかりきっていたことなのに、今は何も答えられなかった。