願いと呪い(3)
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今宵の月は綺麗だと、暗闇の森の中を歩きながら、〈少女〉は思った。
そろそろ月も昇る頃だ。満月にはまだ遠いが、満ちていく月にもまた、特有の美しさがあるものだ。月の眷属にとって月は、どのような姿でも美しい。
足を勧めれば、花が開く時のように、植物が芽吹く時のように、足元からゆっくりと魔力が湧き上がってくる。
夜が来ることは、〈少女〉にとっても喜ばしいことであったが、今宵は無粋な存在は目に付き、夜が来ることを素直には喜べなかった。
今度の相手は人間ではない。地を伝い感じ取った気配から、同族の臭いを感じる。自分達と同じ、夜に生きる者、月の眷属の魔力の臭い。
〈少女〉は、気配を追って足を速めた。
この森は、獣種である〈鳥〉の縄張りだ。〈少女〉の他に、月の眷属が足を踏み入れることなど、今まで一度もなかった。
〈鳥〉も、既に侵入者に気付いており、森を通して、突き刺さるような怒りを感じる。
何者かは知らないが、急いで排除せねばならない。それが、〈少女〉が〈鳥〉と交わした契約だった。
窪地に広がる紅い花畑の真ん中で、花を引っこ抜き、土と死体を掘り返す者がいた。
それは、胸元の大きく開いた古いデザインのワンピースを着ていて、若い女のようにも見えたが、窪地の縁に立った〈少女〉の目には、人の形すらしていない、黒い影が墓を掘り起こしているようにしか見えなかった。
「『妖精』が、『獣』の縄張りで何をしている?」
〈少女〉の声に反応して、女は顔を上げた。虚ろな紅い目が、丘の上に立つ〈少女〉を見つけると、女は口角を吊り上げ、作り物のような笑顔を見せた。
「あらあら、あらあら、貴女こそ、吸血種がこんな森の中で何をしているのですか? 何をしているのですか? 吸血種は人の中で暮らすことを選んだのではないのですか?」
「何を言うか。我ら吸血種は、貴様らのようにこそこそ隠れて生きねばならぬ存在ではない。どこにいようが我らの勝手じゃ」
「傲慢、傲慢。貴女方吸血種はいつだって傲慢。貴女方はいつだって、自分達を特別だと思っている。それこそが吸血種。だからこその、吸血種。
でも、私は、そんな貴女方が羨ましくてたまらない」
女は歌うように語りかけ、〈少女〉は眉を吊り上げた。
半端者の妖精種、〈少女〉や〈鳥〉と同じ月の眷属だが、吸血種のように魔力だけで生きることもできず、獣種のように魔力に頼らない生き方もできない、姿形からして、異形にしかなれない正真正銘な半端者。
吸血種である〈少女〉は、獣種のように、妖精種を毛嫌いする気はなかったが、関わって初めて、妖精種が嫌われる理由がわかった気がする。
会話をするだけでも不快感を煽るこの空気は、この女個人のものではなく、妖精種の持つ性質なのだと〈少女〉は直感した。