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願いと呪い(1)
真っ赤になった部屋の真ん中で、〈彼〉は初めて、主の『願い』を聞いた。
とても簡単な『願い』であったが、叶えられるのは自分だけだった。
他の者は皆、血を流し、肉の塊になって転がっている。今日来た客も、共に暮らしていた屋敶の住人達も、血を流す為に用意された者も、〈彼〉以外は全て動かない肉塊になってしまった中で、選択肢はなかった。
手が震えたが、できないとは言えなかった。逃げ出そうなどとは、考えもしなかった。
それでも、〈彼〉が獲物を手にしたのは、誰かに何かを吹き込まれたからではない。
主のことも、恐れてはいたが、嫌いだとか、憎いとか、思うようなこともなかった。
誰かが耳元で囁くから、自分の他にいなかったから、主が望んでいたから、ただただ、その『命令』に従っただけだった。
自分が何をしたのか知ったのは、屋敷を出た後だった。
沢山の人を切ってきた。沢山の人を犠牲にした。
何処で何を間違えてしまったのか、どうすればよかったのか、その答えは未だに出てこない。