殺した男と死を求むバケモノ(13)
窪地の回りには木は一切生えておらず、少し離れた所から森はまだ続いているが、花畑の辺りには、太陽の光を遮るようなものはない。
月の眷属は日の光に弱い。時には光を浴びただけで死ぬこともあるらしい。死の危険を冒してでも見せたかったものが、この花畑なのだと思うと、〈男〉は黙って拳を握りしめた。
「そこに紅い花があるじゃろう。その花の下には、この森に来た連中の死体が埋まっておる。生きの良いものは二、三、〈鳥〉に食われてしもうたが、残りは全てそこに埋めた」
〈少女〉の言葉に、〈男〉は紅い花畑に目を向けた。
窪地を埋め尽くすほどの花畑は、一日や二日で咲いたようには見えない。
言われなければ、この花の下に、先日の死体が埋まっているとは思わなかっただろう。
「死体はお前たちが食っているのかと思っていたが……わざわざ埋めていたんだな」
「我らは死肉など食わん。我らが食らうのは生きる者の血肉のみだ」
憤慨する〈鳥〉の言葉に、〈男〉は眉を寄せた。
むろん、〈鳥〉がそれを見逃すはずがなく、視線に気づくと〈男〉は苦い顔をした。
「我らの求める魔力というのは、生きている者にしか存在しないものなのじゃ。
それ故に、我らは基本的には死人の血肉は食わん。我らが死肉に手を出すのは、死にかけた時ぐらいじゃ」
〈少女〉の返答に〈男〉は、低い声で「そうか」と短く答えた。
そこから先は聞くべきではかった。
聞けば、どのような答えが待っているのか、男が気づかないわけがなかった。
だが、聞かずにはいられなかった。花の匂いを嗅ぎとった時からずっと、〈男〉の頭には疑問と疑惑が渦を巻き、心臓は答えを求め、早鐘を鳴らしている。
「それなら、この花は何だ? お前たちの仲間じゃないのか?」
「そなたも察しての通り、その花は、我らと同じ月の眷属じゃ。だが、そなたに危険は――」
「そんなことはどうでもいい!」
〈少女〉が全てを言い終えぬうちに、〈男〉は〈少女〉のもとへと行き、その細腕を片方掴んだ。
「結局、お前らも人間を餌にバケモノを作っていたということか!」
〈男〉の怒鳴り声に、〈少女〉は戸惑い顔で〈男〉を見上げた。その顔は、生きていた頃の少女が、死を目の前にした時の顔によく似ていた。
「……そなたが何の話をしているのか知らぬが、我らは人間を襲う為にあの花に血をやったわけではない。それだけは信じてもらえぬか」
訴えかける少女の言葉を〈男〉は疑ってはいなかった。
〈男〉は知っていた。この甘い香りのことも、彼らが人間を殺す気がないことも。
幼い頃に仕えたあの月の眷属も、人間のすることに一切興味のないように見えた。
〈男〉が差し出された肉を切り分け、血が飛び散り、客が大いに喜んでも、部屋の真ん中にいた『それ』だけは何もせずに黙って見ていた。喜びも蔑みもせず、ただそこで見ていただけだった。
「お前たちが人間に興味のないことは知っている。
だが、お前達に人間を襲う気がなくても、人間はお前達がいるだけでおかしくなるんだ。俺はそれを……見過ごすわけにはいかない」
〈男〉は腕を掴む手に力を入れた。頭上では〈鳥〉が翼を羽ばたかせ、枝の揺れる音がしたが、〈男〉はその手を離そうとはしなかった。
このまま手を引き、太陽の光の当たる場所まで引きずり出せば、彼女は焼け死ぬ。いくら恐れられるほどの力を持っていたとしても、ただではすまないはずだ。