表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽だまりに月  作者: 長菊月
生き残ったバケモノと生き延びた男
24/84

殺した男と死を求むバケモノ(11)

「何でお前がここにいるんだ?」

「何でとは何じゃ。この森は我らの森じゃぞ。予がどこにいようとおかしくはなかろう」

 突然現れた〈少女〉に、〈男〉が驚きの声を上げると、〈少女〉から不満そうな声が返ってきた。

 〈少女〉の言うとおり、この森には〈男〉と〈鳥〉と〈少女〉しかいないのだから、他の人物が現れることはないのだが、いつもならば日が沈むまで自室にこもっている〈少女〉が昼間から外にいることに、〈男〉は驚いた。

 ましてや、月の眷属は太陽の光が苦手だと聞いていたから、〈鳥〉のように〈男〉を監視するといった目的がなければ、昼間は活動しないものだと思っていた。

 〈男〉は置き上がり、不可解そうな顔を〈少女〉に向けた。それを見てか、〈少女〉も眉を吊り上げた。

「貴様こそ、このようなところに隠れて何をしておるのだ? もう日が暮れるぞ」

 日が暮れると聞いて、〈男〉は目を細め、〈少女〉越しに空を見た。

 木々の間から入る光はまだ白く、日が暮れるまでまだ時間があるようにも思えたが、今までは明るいうちに戻っているから、もう帰っていてもおかしくない時刻なのかもしれない。

 ただ、〈少女〉が来たことで、今は何事か急かされているようで、〈男〉は肩をすくめた。

「バケモノに心配されるのは嫌か?」

 不意にかけられた弱弱しい言葉に、〈男〉は口を開き、「何の冗談か」と、声に出してしまいそうになった。

 『バケモノ』が人間の心配などするわけがない、〈男〉がそう考えるのは当然であった。

 〈男〉の知っている月の眷属は、人間を気にかけるようなものではなかった。

 偉そうにしていても人間を見下す気はなく、無関心で、『餌』や『道具』の心配をしても、人間個人の気持ちなど、気に掛けるようなことは一切しなかった。

 下から〈少女〉を見上げてみたが、逆さまに覗き込んだ顔は影になっていて、いつも以上に見えなかった。

「俺の帰りが遅いから、わざわざ探しに来たのか?」

「違う。今日はそなたに用があったから、探しただけじゃ」

「今更、俺に何の用だ?」

 用があったなら、小屋を出る時にでも言えばいいものを、わざわざ探しに来た〈少女〉に〈男〉は眉を寄せた。

 〈鳥〉も何も聞かされていないのか、紅い瞳をじっと〈少女〉に向けていた。

「そなたに見せたいものがある」

「見せたいもの? 俺の目が使い物にならんことは、お前も知っているだろう」

「それ自体は見えなくとも構わぬ。ただ、予の話を聞いてもらいたいが為に、見てほしいものがあるのじゃ」

 〈少女〉の回りくどい言い方に、〈男〉は更に眉を寄せた。先ほどから下手に出ているのも何なのか、〈男〉はどうにも気分が悪く感じた。

 真上にある〈少女〉の顔は、変わらず影になって見えなかったが、甘い香りは下まで漂ってくる。人ではない者の香りに〈男〉の顔はますます険しいものとなった。

「ここでは見せられない物なのか?」

「無理じゃ。だから、来てほしい。信じてはもらえぬだろうが、そなたに危険が及ぶようなことはせぬ」

「……わかった。でも、少し待ってくれ」

 そう言って、〈男〉は背にした斜面に手をかけて、ゆっくりとその場に立ち上がった。

 打ち付けた背中や足には、痛みも痺れもなく、先日の傷に響いた様子もない。

 服についた土を適当に払い、斜面の方へと振り返る。しかし、〈男〉は顔を上に向けたまま、動かなかった。

 〈男〉の落ちてきた斜面は、〈男〉の背よりも高かったが、下から見ても、手を伸ばせば上れない高さではない。

 それでも前に進めないのは、〈少女〉のことを疑っているからではない。

 ただ、上ってしまえば後には戻れない気がして、〈男〉は足を鈍らせた。

 ふと〈男〉は、老人が死に、仕事を引き継がないかと持ちかけられた時のことを思い出した。

 あの時は、どれだけ不安を抱いていても、着いて行くこと以外、選ぶこともできなかった。

 今は、〈少女〉の導く先に、何が待ち受けているかわからないが、逃げることも、拒否することもできるだろう。

 逃げる気はなかったが……皮肉なことに、選べることで、〈男〉の中に迷いが生まれた。

 そうして躊躇っていると、〈鳥〉が羽ばたき、甘い香りを漂わせながら、斜面から突き出る木の根に止まった。

「何をしている。このまま突っ立っておっても日が暮れるだけだ。今は吸血種様も大人しくしているが、夜になれば、何が起こるかわからんぞ。今のうちに言うとおりにしておけ」

 〈鳥〉は、言うだけ言うと、自らも斜面の上へと飛んで行ってしまった。

 〈男〉は暫く、先に跳んで行った〈鳥〉に目を向けてから、漸く斜面に向かって手をかけた。

 上っている最中に落とされるか、殺されるのではないかという考えも頭に過ぎったが、先に見えたのは不安げに覗き込む少女の顔だった。

「どけ」

 〈男〉がそう言うと、〈少女〉は前に出しかけていた手と共に、さっと身を引いた。

 〈少女〉が崖から離れると、〈男〉は一人で斜面を上りきった。

 手についた土を払い、〈少女〉の方へと振り返ると、斜面から離れた人影は、木の傍に気まずそうに立っていた。

 見慣れたはずの姿に、〈男〉は今更ながら小さいと思った。

 身長は〈男〉の胸のあたりまでしかなく、痩せ細った手足は、掴めば折れてしまいそうに見えた。人間ではないとはいえ、こんな小さな身体で、大の男を引き上げるなど無理な話だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ