殺した男と死を求むバケモノ(10)
「バケモノなどと軽々しく呼んでいるが、貴様はあの方が恐ろしくないのか?」
「その答えなら言った筈だ。俺はお前たちの力が恐ろしい。けれど、その力がこちらに向かない限りは、恐ろしいとは思えない」
流石に〈男〉にも、あの〈少女〉や〈鳥〉が本気で襲って来たならば、敵わないことはわかっていた。
だからこそ、恐ろしいと思うのだが、恐怖以上に、今は彼らが襲ってこない自信があった。
餌にしかならない人間を、わざわざ「手出しするな」と釘を刺し、生かしているのだから、今すぐに殺す気はない筈だ。
「貴様は、本当にあの方の恐ろしさを感じないほど鈍いのか? それともバケモノさえ恐れぬ愚か者なのか?」
「……そうだな、俺は鈍い上に愚かだ」
今は生かされていても、これから先も殺されないとは限らない。普通ならば、〈鳥〉の言うように、怯えなくとも警戒するべきだが。
一度は己を殺そうと刃を振るってきた手が、優しく触れたことを思い出して、〈男〉は顔をしかめた。
「あいつが恐ろしい者だというのはわかったが、俺にはあいつが何をしたいのか、今一つわからない。あいつはいったいどうするつもりで、俺を拾って来たんだ?」
無駄なものは嫌いだとか言いながら、どうして無駄にしかならない人間の世話を焼くのだろうか。
退屈しのぎの玩具なら、もっと構ってもいいはずなのに、あの小屋で目を覚ました時以降、〈少女〉は〈男〉に声はかけても、近づこうともしない。食べる物など、世話はするが、懐柔するわけでもなければ、支配するわけでもない。〈少女〉は〈男〉をただ生かしているだけだ。
そんな、バケモノと呼ぶには相応しくない行動に、〈男〉も不快には感じていないが、違和感を覚えた。
〈少女〉は、〈男〉が危害を加えてこない限りは、何もしないと宣言していたが、そんな口約束を守ってまで、自分を傍に置く理由が〈男〉にはわからなかった。
何もしてこないなら、〈男〉も〈少女〉が動くまで待つつもりではあったが、〈鳥〉が何度も尋ねるから、〈男〉も疑問を口に出さずにはいられなかった。
すると、〈鳥〉の目が、いつになく鋭く〈男〉を見た。睨まれているのだろうか、心臓までも抉り出そうと探っているような光だった。
「貴様こそいったい何を考えているのだ? 同胞が目の前で殺されたというのに、何も感じないのか?」
〈鳥〉の追及に〈男〉は黙った。全てを曝そうと光る視線は、心臓までは至らなかったが、〈男〉の古傷には触れていた。
「目は見えなくとも、殺し合う人間どもの声は聞こえていた筈だ。その状況を作り出したのは、あの方だ。それでも貴様はあの方を恐ろしくないと言うのか?」
「そのことに関してはあいつからも話は聞いている。森で死んだ連中は皆、あいつに幻を見せられたから死んだんだろ。ただ、何を見るかは、俺たち次第だと……」
〈男〉が答えた直後、甲高い笑い声が響いた。それまで聞いていた〈鳥〉の声とは違う、本物の鳥の鳴き声のような声だった。
「貴様は同胞を殺した者の言葉を信じるのか? それとも、信じた気になることで、真相を探ることを諦めているのか?
貴様は我らを殺す為に来たのであろう。それが昼になっても仕掛けてこないどころか、森を出ようともしないとは、いったいどういう──」
〈鳥〉はまくし立てる勢いで話していたが、〈男〉の頭上に目を向けると、急に尻つぼみになっていった。黒い影も小さくなり、震えあがっているような気がした。
〈男〉も斜面に背を預けたまま、顔だけを〈鳥〉が見ているだろう上に向けた。
土がぱらぱらと落ちてきて、目に入らぬようにと、軽く目を閉じ、再び開けると、〈男〉の落ちた斜面の上には小さな人影が立っていた。汚れた外套で顔も全身も隠していたが、見下ろす紅い瞳と外套から零れた金の髪、そして、急に強まった甘い香りに、〈男〉は目を丸くした。