表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽だまりに月  作者: 長菊月
生き残ったバケモノと生き延びた男
20/84

殺した男と死を求むバケモノ(7)

 道中はずっと目隠しをされ、目的の場所に着いて布を外されると、先ず外の明るさに驚いた。

 次いで、ここが何処かと思うより、ここが建物の中だということに驚いた。

 人が何人も暮らせる広さはあるのに、布の敷居は一つもなくて、広々とした部屋の中には物が一つ二つ置いているだけだった。天井も壁も綺麗で、燭台がいくつも飾ってあって、外にいるよりも明るく感じた。

 ここで待っていろと言われた時は、これから起きることよりも、部屋に一人残されることの方が緊張した。

 敷いてあった布も、足で踏むのがもったいないぐらいに柔らかくて、歩くのさえ怖かった。

 目に映る全てが初めてで、慣れない環境に落ち着かなくて、どれほどの時間、待たされていたのかもわからなくなっていた。

 しかし、部屋の扉が開かれ、現れた雇い主らしい男たちの後ろから出てきた、紅い柱のようなものに、世界が凍りついた。

紅い柱に見えたそれが、人の姿をしていたなど、当時の〈彼〉は知らなかった。

 紅い柱は〈彼〉の前に立ち、細長い手を伸ばした。枯れ木のような感触が頬に触れた。

「ぬしは何故、我の力が効かぬのだ?」

 乾いた指が触れたまま、発せられたその甘い声に、〈彼〉の体は大きく震えた。

 何か尋ねられたことはわかったが、頭の中が真っ白で、声も出なかった。

 心はわけもなく、その場から逃げだしたくていっぱいだったが、柔らかかった敷物が、いつのまにか氷のように冷たくまとわりついて、身動きすらも取れなかった。

 柱が部屋から出ていくと、〈彼〉は大きく息を吐いた。知らず知らずに息も出来なくなっていた。

 背中には冷たい汗も流れていたが、暑いのか寒いのか自分でもよくわからなかった。

 後にも先にも、これほど恐怖を感じたことはなかった。

 どうして老人が雇い主について何も教えてくれなかったのか、その時にわかった。

 主は、人間ではなかった。

 後に、ここに連れてきた男から、主が月の眷属と呼ばれる異形な存在だということを教えられたが、だからと言って、仕事を断ろうとは思わなかった。

 仕事がなければ、体を売り、心を売り、乞食となって、いつしか、その辺に転がっている石ころのように、誰の目にも留まらずに死に、誰かの腹に収まることを〈彼〉は知っていた。

 生きる為にも、他に頼れる者などいなかった。

 次の日から仕事が始まった。

 冷たく暗い部屋の中で、主の為の肉と血を用意する、簡単な仕事だった。

 三日か五日に一回、用意された肉を解体すれば、清潔な部屋と腹一杯の食事が得られた。

 仕事のない日は、他の使用人たちから文字や礼儀作法などを習って過ごした。

 時には、主の客の相手をすることもあった。主の客は人間であったが、〈彼〉に血を求めるようなこともあり、〈彼〉が腕に傷をつけ、小さな器に血を数滴落とすと、舐めるようにその血を飲んでいた。

 その様子を眺めていると、腹の底にどろどろとしたものが渦を巻くような、嫌な気分がしたが、〈彼〉は言われるままに黙って従った。

 主も他の使用人たちも、この客たちの奇妙な行動について、何も言わなかった。

 〈彼〉も幼い頃から老人に、余計なことは聞くなと念を押されていたから、何を見て何を聞いても、それが何なのかは考えないようにしてきた。

 主も、客も、使用人たちや仕事も、全ておかしいと思いながら、〈彼〉は何も聞かなかった。

 けれど、

 ある日、いつものように用意された肉の、初めて聞いた叫び声に、〈彼〉の中で何かが弾け飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ