殺した男と死を求むバケモノ(6)
〈彼〉が生まれ育ったのは、物と人のゴミ捨て場のような場所だった。
空は塵と埃にまみれ、昼間でもうす暗く、いつもカビや腐臭が漂っていた。そこでは、多くの人が廃墟と化した建物の中に布を張り、火を焚いて暮らしており、たまに建物が崩れ、人が下敷きになることもあった。
今思えば、人が暮らすべき場所ではなかった。
あの場所では、誰もが飢えや寒さに耐えながら生きていて、人が何人死のうが、いなくなろうが、誰も気に留めず、自分達が口にしているものが何であるかも、考えたことがなかった。
当時は、道端にある物は赤子でも売り飛ばされていたらしく、〈彼〉も生まれて三年も経たないうちに、売り物にされ、腐りかけの肉と交換に一人の老人の手に渡った。
目を悪くしていた老人は、幼子を育てて目の代わりにしようしたのだと、後々、誰かから聞いたことがある。
〈彼〉は子供を失くした女たちに育てられ、手伝いの出来る年になると、老人の目となり、手足の代わりとして働いた。
老人の仕事は主に荷運びや物売りで、まだ子供だった〈彼〉は老人に言われた通り、荷を運んだ。老人は口数が少なく、余計なことは話したがらなかったので、〈彼〉も老人が何を運んで、何を売っているのかは一度も聞かなかった。
働くのは苦ではなかった。老人の手伝いでしかない〈彼〉には、名前も付けられなかったが、働いていれば他の大人たちも幼い〈彼〉に優しくしてくれたし、少なくとも寒い思いをすることはなかった。
ところが、十を過ぎたぐらいだろうか、ある朝、老人の様子がおかしくなった。寝床の布にくるまったまま動かなくなっていた。仕事の時間になっても起きなくて、腹を空かした〈彼〉が声をかけたが、返事はなかった。
しびれを切らした〈彼〉が近くに住んでいた男たちに相談すると、男たちは〈彼〉に老人が死んでいることを教え、老人から、住処にしていた布から着ていた服まで、全てはぎ取って行ってしまった。
残ったのは、痩せ細った老人の体だけで、それも数日で虫が湧き、〈彼〉は、どうしていいかわからなくなった。
老人が死んで最初の数日間は、〈彼〉も老人が隠していた蓄えでどうにか生き延びた。
しかし、その蓄えもなくなると、住処があった場所に膝を抱えうずくまって過ごした。
動かない〈彼〉を他の連中はいつも見ていた。〈彼〉もそんな連中を見ながら色々なことを考えた。
自分もこのまま死ねば、老人のように身ぐるみを剥がされ、腐って虫の餌になるのだろうか。それとも、自分はまだ肉があるから、誰かの生きる糧になるのだろうか。そう考えると酷く気分が悪くなった。
ところが、ある日、見知らぬ男が〈彼〉に、老人の仕事を引き継がないかと、声をかけてきた。
老人は、雇い主のことや仕事のことについては固く口を閉ざし、〈彼〉にも何も聞くなと言って聞かせ、〈男〉も黙って老人に従った。
だから、仕事の話が来て、〈彼〉は驚いた。
二つ返事で了承すると、後日、仕事の話を持ちかけた男とは別の男がやってきて、〈彼〉を見知らぬ場所へと連れて行った。