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陽だまりに月  作者: 長菊月
生き残ったバケモノと生き延びた男
18/84

殺した男と死を求むバケモノ(5)

「貴様の目が見えなくなったのは、何が原因だ?」

 〈鳥〉の問いかけに、今度こそ〈男〉の足が止まりかけた。

 〈鳥〉は気づいていないようだったが、〈男〉の背には冷たい汗が流れていた。

「ずっと薄暗い場所で生活していたから、視力が落ちていっただけだ」

「人間とはおかしなことをするのだな。日の光の下で生きられるくせに、わざわざ光のない場所で生きるとは」

 何も知らない〈鳥〉の言葉に、〈男〉は震える手を握りしめた。

「誰も好き好んでそんな場所にいたわけじゃない!」

 堪らず張り上げた声が、森の中に響いた。

 静寂を壊したその声に、〈男〉は、自身も驚き、苦い顔をした。

 自分でも、〈鳥〉の言葉のどこに怒りを感じたのか、よくわからなかった。

「好き好んではないと言うが、貴様は何故、そのような場所にいたのだ?」

 〈鳥〉は紅い瞳が探るような視線を向けてきたが、〈男〉は答えなかった。代わりに、歩く速度が速くなった。

 答えたくないほどやましいことがあるわけではないが、人間ではない彼らには答えたくなかった。

 物心がついた時からと言うのか、少年だった頃の記憶にあったのは、暗く乾いた空気と埃だけだった。

 生活に適した環境でないことは、子供心に気付いていたが、他の場所に行く勇気はなかった。

 それに、日の当たる生活があることを知ったのは、自分で仕事を見つけられるようになってからで、その頃にはもう、自分は日の当たる場所では生きられない生活をしていた。

 こんなことを言ったとところで、人間ではないものに人間の事情が理解できるとは思えなかった。

 だから、答えたくなかったのだが、いくら足を速めても、羽ばたく音は消えなかった。

「ニンゲンよ、そなたは真に人間か?」

「言っていることの意味がわからんな。人間でないのなら何だと言うんだ?」

「貴様からは我々と似た気配を感じる。血と闇に生きる者の気配だ。人間のように、太陽の下で生きる者の気配ではない」

 〈鳥〉は、紅い瞳を持つバケモノは、悪意も敵意もない淡々とした声で告げた。

 〈男〉は黙った。返す言葉が見つからなかった。

 〈鳥〉もそれ以上に追及はしなかったが、羽ばたく音が鬱陶しくて、〈男〉は逃げるように足を進めた。

 〈鳥〉の安い挑発に乗ってしまったことに、自身への怒りと、ほんの少しの羞恥心が、混ざりながら込み上げてくる。逃げられる場所などどこにもないのに、それでも足は止まらなかった。

 「待て」と〈鳥〉の声が聞こえたような気がしたが、〈男〉の耳には届かなかった。

 思考は完全に〈鳥〉の言葉に持ってかれ、周囲の状況も上手く掴めていなかった

「――っ」

 不意に、地面が崩れ落ちた。ぬかるんだ土に足が滑り、そのまま地面へと引きずり込まれた。

 背中が壁にぶつかって、滑るように落ちていった。

 落ち切った時には、背中が少し痛かったが、問題なく動いた手足に、男はほっと息をついた。

 見上げれば、先ほどまで歩いていたと思われる斜面があった。

大した高さではないから、上って戻ることは可能だが、今はそういう気にはなれなかった。

 落ちた斜面にもたれかけ、今度は大きくため息をついた。

 冷静になってみれば、ムキになって否定するようなことではなかった。

 日の当たるような生き方をしていないことは、己が一番わかっていたことなのに、未だに心がざわついて落ち着かない。吐き気までもよおしそうな気分だった。

 〈鳥〉はこの失態も〈少女〉に報告するのだろうか。

 血と闇に生きる者と似た気配がする、そう言われても〈男〉には否定できなかった。

 この手は人を殺しすぎた。数だけならば、おそらくは、彼ら、月の眷属の犠牲者と大して変わらないだろう。

『このバケモノが!』

 かつて投げられた言葉が、今になって胸に突き刺さる。

 深く沈めていた記憶が、この場にはいない人間の声が、耳の奥から甦ってきたようで、〈男〉は固く瞼を閉じた。

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