殺した男と死を求むバケモノ(2)
苔むした木に手をかけて、足を滑らせないようにゆっくり足を下ろすと、枝の折れる音がした。
日のあまり射さない森の中を歩き回るのは、目の見えない〈男〉には、危険でもあったが、日がな一日、暗い小屋の中にいるのは辛く、外を歩き回るだけでいい気分転換になった。
〈少女〉は、〈男〉が外を出歩くのを咎めなかった。
一度は〈男〉も、出歩いてもいいのかと尋ねてみたが、返事はそっけなく「片がついたから、昼間ならば出歩いてもいい」とだけ言われた。
実際に歩いてみたら、その理由もすぐにわかった。
安全な道を進んでいったら、必ず〈少女〉の住む小屋に戻ってきた。
おかげで迷うことはなかったが、人のいるところへも、危険を冒して別の道を探さない限り、たどり着けないとなると、森から出ることは早々に諦めた。
これから先のことは、〈少女〉が何も言わなかったので、こちらから話すようなこともしなかった。
こちらが何か仕掛けてこない限りは、手は出さないと言ったことを信じるわけではないが、考えがあるなら、話してくれるまで待ってみようかと思った。どうせ森を出ても、帰る場所も、待っている人もいない身だ、すぐにでも帰らなければならない理由もなかった。
ふと、甘い香りが降ってきて、〈男〉は一旦、足を止めた。
「俺に何か用か?」
頭上から葉のざわめく音もして、〈男〉も顔を上げて声をかけてみるものの、相手は木の葉を揺らすだけで、何も答えてはくれなかった。
〈男〉が己を監視する存在に気付いたのは、森を出歩くようになってからだった。
時折、視線を感じて振り向けば、いつも同じような鳥の羽ばたく音と共に、〈少女〉とよく似た甘い香りがした。
外に出る度に追いかけてくるので、何度か声をかけてみてはいるのだが、一度も返事はもらえていない。
そのくせ、再び歩みを進めれば、つかず離れずの距離を保ちながら、後を追ってくる。
〈少女〉とは違い、わかりやすい行動に、〈男〉はくすりと笑みをこぼした。
傭兵という職業柄、警戒されるのは慣れている〈男〉からすれば、自由にしていいと放り出されるよりも、こうして見張られている方が、相手の動きも読めて動きやすかった。
〈少女〉の話によると、この森には、彼女の他に鳥の姿をした月の眷属がいるらしい。
〈鳥〉はこの森の本来の主で、〈少女〉は居候らしいが、力は〈少女〉の方が上なので、〈鳥〉も〈少女〉には逆らえないそうだ。〈男〉のことを警戒しつつも手を出してこないのも、〈少女〉に言いくるめられたのだろう。
〈少女〉の話では、鳥の姿をしていても、相手は月の眷属だから、人間の言葉も話せるそうだ。
つまり、〈男〉がいくら話しかけても答えないのは、縄張りに襲撃を仕掛けた人間を警戒しているか、単に、餌とは口を利きたくないからなのかもしれない。
〈男〉は別に、〈鳥〉に探りを入れたくて話しかけているわけではかった。
進展のない状況に、少し飽きてきてもいたので、何かないかと話しかけてみているだけだった。
話し相手に〈鳥〉を選んだのも、下手なことを言えば食われかねないバケモノよりも、同じバケモノでもわかりやすく距離を置いてくれている〈鳥〉の方が話しかけやすかったからにすぎない。