殺した男と死を求むバケモノ(1)
〈男〉が〈少女〉と出会ってから、数日が経った。
その間、〈少女〉は〈男〉に宣言した通り、一度も血を奪おうとはしなかった。
それで気を許したわけではないが、同じ時間を過ごすうちに二人は少しずつ話すようになっていた。
話すと言っても、天気のことや生活のことなど、たわいもない話ばかりで、人間のことや月の眷属のことも、探り合おうともせず、お互いに一定の距離を保っていた。
〈少女〉は、〈男〉の知る月の眷属とはまるで違った。
人間から命までも奪う残忍さや傲慢さは見られず、日の光が浴びられないだけで、動物の生き血を吸うわけでもない。生活も人間のものと大して変わらない、比較的に質素なものだった。
ねぐらも、おおよその人間が想像するような古びた屋敷ではなく、居間と寝室の二部屋しかない、猟師の山小屋のような小さな家だった。どちらの部屋も窓は板と布で塞がれていて、玄関を開けていなければ昼間でも暗く、男は部屋を棚や机に置いてある角灯の明かりを頼りに、手探りで歩き回った。
慣れないうちは、部屋の中を歩き回るたびに家具に手や足をぶつけて、痛い思いをさせられたものだが、今は、机や棚などが一つ二つあるだけなので、場所も楽に覚えてしまった。
「何をしておるのじゃ?」
寝室の方から声がかかり、甘い香りが漂ってきた。姿は見えなくても、すぐ近くにいることははっきりと感じる。狭い小屋の中だからなのか、近くにいると思うだけで、監視されているような気分になった。
〈男〉はわざとらしくため息をつき、声のする方へと振り返った。
「何もない家だなと思っていただけだ」
「粗末な家だと言いたいのか」
「粗末とまでは言ってない。ただ……」
女の部屋にしては、物がない。年頃の娘のように、部屋の中が服や装飾品で溢れているのもいかがなものかと思うが、いくら人間ではないとはいえ、部屋に嗜好品の類も特には見当たらないことに、〈男〉は疑問を感じていた。
月の眷属は人間を操れると聞くから、欲し物も簡単に手に入るだろうに、このバケモノは贅沢を好まないようだった。家具も壊れないのが不思議なほどに年季の入ったものばかりで、使うたびに壊れないかと冷や冷やさせられる。
「予は無駄なものが嫌いなのじゃ」
「食いもしない人間を拾う方が、よっぽど無駄じゃないのか」
「なんじゃ。捨てていいなら、今すぐ捨ててやってもいいぞ」
闇の中で、〈少女〉が笑っているように感じた。
冗談なのか、本気なのかわからない台詞に、〈男〉は笑うことはできなかった。
相手は森で人間を皆殺しにしたバケモノだ、捨てると決めたら、本気で捨てるだろう。
それなのに……わざわざ男の生活用品を用意したり、家具にぶつかる度に角灯を増やしたりしてくれていることを思うと、このバケモノのことをどう受け止めたらいいものかと、悩むことがある。
人間の命を脅かすバケモノでありながら、人間を生かそうとする矛盾、この矛盾をバケモノ自身はどう考えているのだろうか、今の段階では〈男〉には判断もつけられない。
「……予はもう寝る。用があれば起こせ」
それだけ言うと、〈少女〉は寝室へと戻って行った。
何もせずに部屋へと戻る〈少女〉に、〈男〉は眉を潜めながら、扉が閉まるのを見送り小屋を出た。




