死んだ少女(6)
顔を上げれば、木々の隙間から細い月が見えた。
襲撃から一晩経ったが、今夜は何も起こらなかった。
森は以前の静けさを取り戻しつつあったが、月の眷属達から緊張が消えることはなかった。
人間の貪欲さを月の眷属は知っている。ほんの数滴の血や一かけらの肉が大金に変わるからと、激しい襲撃の後ですら、おこぼれを与ろうと狙ってくる者もいる。
そんな連中に、あの男の存在を知られたらどうなるか、考えるまでもなかった。
命を助けた責任は、月の眷属であっても同じだ。
女は唇を固く結び、今にも倒れてしまいそうな身体に力を入れた。
早々に手を打たねば面倒なことになる。
問題は、人里に帰そうにも、あの男には、月の眷属の力が効かないから口止めも出来ないことだ。
鳥が不安を感じるのもわかる気がするが、彼女は男を殺す気にはなれなかった。
それどころか、「人間を殺してまで生きたいか」と、森の中で刃を向けて呟いた、あの低い声が、今になって胸に突き刺さった。
もしもあの男が、目を覚まし、再び刃を向けていたら……今度こそ、食い殺していた。
抑えられない欲求に寒気を感じ、両腕で己の身体を抱くが、冷たい腕でいくらさすっても、心の奥底に感じる冷たさをごまかしてはくれない。
もう一度、空を見て月を探したが、雲に隠れて見えなかった。
次の満月まで、まだ日は長い。
明日には顔を出すとわかっていても、月が見えなくては不安になる。
このような時、月の眷属である己の弱さを感じてしまう。
何が、バケモノだ、吸血種様だ。
月の力が借りられないだけで、こんなにも心もとないのに。