死んだ少女(5)
「そなた、まさか月の眷属の癖に、人間が恐ろしいと言うのか?」
「ば、馬鹿なことを仰らないで下さい! このわたしが人間ごときを恐れるなどありえません!」
「では、何じゃ? 人間が襲って来た時に、そなたはどこにおった? 予は森の中を歩いて回ったが、そなたの姿を見てはおらんぞ」
「そ、それは、その……」
その、と言いつつも、口ごもるばかりで続きは出ない。そんな〈鳥〉を女は鼻で笑った。
大方、隠れて事の成り行きを見ていたのだろう。騒ぎが終わった後になら、彼女も鳥の羽ばたく音を聞いた。
「そなたはいったい何に怯えておるのじゃ?」
「怯えてなどおりません。ただ……あの人間はおかしさが、私にはどうにも気がかりなのです。最近また人間の中にもおかしな力を持つ者が増えていると聞きます、あの男もそういった連中の一人ではないでしょうか」
何のことだと、女は首を傾げた。
女も、人間が新たな力を得ているという話はよく耳にする。あの男がその一人だとしても、それはおかしくはない。
だが、それだけでは気がかりと思うほどのことではないと、女は思った。
人間が力をつけていることは、今に始まったことではない。知恵をつけ、技術を持って、人間達は日々、進化を続けている。新たな力を得たとしても、これまでとなんら変わることはない。
「我々の力が及ばないのですよ。吸血種様は不安ではないのですか?」
「不安? 今更、何を不安に感じる必要があるのじゃ?」
笑みさえ浮かべそうな女に、〈鳥〉からの反論はなかった。目は女に向けたまま、不満げに黙っていた。
「そなた……あの男に何かするつもりではなかろうな」
何も言わない〈鳥〉を不審に思い、女は睨んだ。その鋭い眼差しに、〈鳥〉は大げさに震えあがった。
「あの男は予の獲物じゃ。誰であろうと手出しはさせぬ」
「わかりました。吸血種様がそのようにおっしゃるなら、私からは何も言いません」
そう言って〈鳥〉は、深々と頭を下げて飛び立った。
誰に、何の為に礼をしたのか。〈鳥〉の仰々しい態度には、彼女も内心では呆れていた。
敬ってもいない者に頭を下げることは出来ても、人間を恐れていることは認めることは出来ないのか。
確かに月の眷属にとって人間は餌だ。血を奪い、肉を食らう相手だ。
けれど、それが全てなのだろうか。
手から伝わったぬくもりに、生き物の匂い、どれも触れて初めて知った。
それに、初めてまともに向き合い、会話したあの男は、餌と呼べるほど愚かには見えなかった。
自分達は、捕食者というだけで相手のことを知ろうともせず、人間とは愚かな生き物だと決めつけていた。
仕方のない話だが、これから先は、考えを改めなければいけない。