死んだ少女(4)
* * *
赤く染まった森の中を、十を過ぎた程の少女が歩く。
これは奇妙な光景だと、歩きながら彼女も納得した。
なるほど、人間がこの肉体を用意したのはそういうことであったか。
死体だらけの森と少女の組み合わせは、警戒心を生むだろう。見事に罠に嵌まってしまったものだ。
嵌められたのだと思うと、悔しい気持ちが湧くものだが、今日は思わぬ収穫に嬉しさが勝った。
初めて人間と会話した。会話と言っても命のやり取りを含むものであったが、それでも正常な人間とした初めての会話だった。
これまで彼女の会ってきた人間は、皆、月の眷属の力にひれ伏し、彼女に従ってきた。何を言っても、虚ろな目で頷くばかりの人間達は、月の眷属の目からみても、とてもつまらないものであった。
だが、あの男は違った。
あの男は月の眷属の力に逆らい、自分を殺そうとしてきた。
力が効かないことにも驚いたが、何よりも月の眷属を前にしても怯まなかったことに興味が引かれた。
月の眷属が恐ろしくないわけではないのだろう。恐ろしいと思いながらも、媚びることなく、真っ向から挑んでくるその度胸と、物事を冷静に見定めようとする姿勢には、彼女も心惹かれるものがあった。
時折、隠すことなく嫌な顔をしていたことを思い出して、ふっと笑いが込み上げてきた。
「何がおかしいのですか?」
木々の間から声をかけられ、少女は笑うのをやめ、声の方へと振り向いた。
「〈鳥〉か」
そう言って振り返った瞬間に、少女は姿を消し、代わりに黒髪の女が立っていた。
宵闇の中でも目を引く長い黒髪に、闇色のドレスを纏った、奇妙な女だった。
女は少女と同じ紅の瞳で、死体の山に目を向けた。その頂きには一羽の鳥が、闇に紛れて止まっていた。
「あれはおかしな男だ。そなたもそうは思わぬか?」
「おかしいとは思いますが、吸血種様のように笑ってなどおられません」
女と同じ、紅い目をした鳥は、嘴も開かずにそう答えた。
その声は鳥の鳴き声よりも人間の男の声に近く、鳥の喉から発せられるものではなかった。
紅い瞳を見ればわかるが、この鳥も普通の鳥ではない、彼女と共にこの森に潜む月の眷属である。