エピローグ「不死鳥の願い」
ついに完結です。忙しかったリアルの事情に左右されたりしましたが、最後まで読んでくれた方には感謝の言葉しかありません。
最後まで読んでくれたついでに、感想何かを付けてくれたりしたら、ありがたいです。
目を覚ますと、私は手足を拘束された状態で寝かされていることに気づいた。
「あ、起きた」
頭上で、日和が半ば呆れたような顔でこちらを見下ろしていた。
「全く、随分と無茶したわね。なんとか中和はできたけど、ウイルス直挿しってかなり危険よ?」
日和の手には使い終わった後の注射器が握られていて、それをゴミ箱に放ると私の手足の拘束を解除した。
起き上がって周囲を見渡すと、見慣れない地下室だった。大量の機会が置いてあるということは、地下の研究室だろうか?
「まあ、万が一に備えて活性剤の注入口作った私が悪いんだけどさ。まっさかいきなり使うようなことになるとは……」
日和は私の右腕に触って義手を外すと、ケースから新しい義手を取り出して私の腕に装着した。
「とりあえずウイルスの使用を前提にした新しい義手ね。貴重な中和剤がいらないやつよ」
「そんなに中和剤は貴重なのか?」
新しい義手の感覚を確かめつつ、日和に尋ねる。日和は義手を解体しながら気だるそうに答えた。
「うんまあね。あなたも見たと思うけど、マザーウイルスに感染した生物の死体はドロドロに溶けちゃうから残らないの。だから、中和剤作るための検体も全然手に入らないってわけ。あぁ、こりゃダメね。もう使い物にならないわ」
日和は義手を途中で投げ捨ててゆっくりと部屋の出口に向かった。
「あなたが感染した状態で運び込まれたって聞いて、徹夜で処置したから、眠いの。明日香ちゃんが外で待ってるから、顔見せてあげなさい」
日和はあくびをしながら、階段を登っていった。私も寝かされていた台を降り、身支度を済ませると後を追った。
外に出ると、いきなり夕日に当てられて、目をつむってしまう。何日経ったか分からないが、ここが本殿の裏手ということはわかった。
「先生!」
鳥居の方に向かうと、明日香がすぐに気づいて、駆け寄ってきた。
「治ったんですね。私は意識をもたせるのが精一杯だったので、不安でした」
明日香は無事な私を見て、安心したようで、肩の荷が下りたのが見て取れる。私が最後までアガーシャと戦えたのは、彼女の能力に依る所が大きい。
「ありがとう」
私の口から出た一言はそれだった。そして、彼女の頭を撫でる。私なりに感謝を示したつもりだ。
「先生!?一体どうして……」
「世話になったからな。せめてもの礼だ」
あまり人に感謝をしたことがないので、これで正しいのかはわからない。だが、昔こうされると嬉しかったのは確かだ。
「ええっと、じゃ私行きますね。日が暮れちゃうので」
明日香は少し戸惑いながら、神社の裏手の方へと向かっていった。そして、私の視界から消える時、彼女は少し恥ずかしそうに大きく手を振った。
その夜、私はいつも通り自分の小屋で食事を摂っていると、陽菜がやってきた。
「こんばんは。ちょっとお邪魔するわね。別に食べてても構わないから」
陽菜は私の向かいに座った。丁度いい機会だ。陽菜には聞いておきたい事がいくつもあるのだ。
「明日香ちゃんのこと、ごめんなさいね」
思いの外、話を切り出したのは陽菜の方だった。
「あの子が外で一人暮らしをしてるのは、あの子がそうしたいって言ったから。寿命も限られてるから、できるだけあのこの希望を叶えてあげたかったのよ」
陽菜は最初から全部を話すつもりだったのか、その口から戸惑いが見えない。見えているのは、私に隠していた事に対する後ろめたさだろうか。
「本当、明日香はいい子よ。あの子のお陰でここにいる子達が外に出て暮らすって言う選択肢ができたんだもの。助けてくれて、ありがとう」
陽菜は会釈をして、感謝を示した。ここの代表として形だけでもということだろうか。
「ここの子供たちは全部君の子供なのか?」
ベビーという存在が具体的には把握していないが、なんとなく察することができる。恐らくは、マザーウイルスの感染者の子供、という事なのだろうが。
だが、陽菜はそれを否定した。
「違うわ。私の子供は寧音だけ。他の子は、世界中で兵器として製造されたの。そしてこの街はそうやって集めた子供たちが暮らしていくためにできた街」
「やはり、か。でもどうしてわざわざ集めたんだ?」
アガーシャが見せた通り、マザーウイルス保持者を量産できれば心強いだろう。だが、仮に兵器として製造されたのなら、別に殺してしまっても構わないはずだ。
「だって、生まれてきた子供に罪はないのよ?だから、殺さないでここで育てることにしたの。普通の人間らしく、生きてほしかったから」
私が食べ終わる頃を見計らって、陽菜は袖口から一つの封筒を取り出した。それ自体は何の変哲もないただの封筒だ。
「日和がね、あなたをここ以外で匿う準備ができたから、これを渡してくれって。引っ越しは来年になるけど」
封筒の中を取り出すと、そこにあったのは大学の退職願と転居届だった。少し画質は悪いが、転居先の小さい写真も入っている。
「別にここに残る必要はないわ。ここは言ってしまえば、兵器試験場みたいなものだもの。別に気に入らないなら出ていってもらってかまわないわ」
街の外、か。私が日本を離れていた時期は長いし、元々日本の流行などに敏感だったというわけではない。それこそ、外で暮らしてみるのもいい経験になるだろう。
陽菜の言う通り、私がここに留まる必要はない。私が出した答えは、一つだ。
「いや、ここに残る」
この街に残る。それが私の答えだ。
「もう少し、明日香と一緒にいたい。明日香がどう生きるのか、それを見てみたい」
それは、身勝手な好奇心とも取られかねないだろう。限りある寿命の中で、彼女がどう生きるのか、何を残すのか。私はそれに興味が湧いた。
「いいの?ここは結構狙われるから、アガーシャみたいなのが、また来るかもしれないわよ?」
「構わないさ。降りかかる火の粉は払う。それだけだ」
むしろ、追手の迎撃は慣れている。別に慣れたくて慣れたわけではないが、どこにいてもやることは同じだ。
「そう、じゃ日和にもそう伝えておくわ。それじゃ、おやすみなさい」
陽菜はあまり驚いた素振りは見せず、空いた皿を片付けてその場を立ち去った。こちらがどう答えても大丈夫なように準備でもしていたのだろうか。
「じゃ、これからよろしくね。伊織ちゃん」
陽菜は皿の回収に来た寧音を連れて帰る間際、そう言い残した。いつか、明日香を連れて旅行に行くのも悪くないかもしれない。彼女の時間は限られているからこそ、輝いてるものにしてあげたい。
それが、私が抱いた最初の願いなのかもしれない。
家族を奪われ、住む場所も奪われ、ひたすら逃げることしかできなかった私が、抱いた最初の願い。
私はこの願いを胸に、頑張って生きていこうと思う。どんな手を使ってでも私を生かそうとしてくれた姉さんに顔向けできるように。限られた時間の中で、彼女が楽しかったと笑っていられるような楽しい思い出を作ってあげたいと思った。
そして私は眠りに就く。明日香とのこれからに備えて、初めて抱いた願いを叶えるために。
こういう、ワクワクしたような、眩しい感情を、人は『希望』と呼ぶのだろう。