幕間1「水面下から上がってくるモノ」
ヴェールに義手を届け終えた日和は、撤収作業に入っていた。持ってきたドーナツは配り終えてしまったし、何より友人の店長から招集命令が下ったからである。
「もう帰っちゃうの?一週間ぐらいゆっくりしてけばいいのに」
背後から陽菜が話しかけてきた。日和は振り返ることはせず、片付けを進めている。
「別に、まだ向こうでやってる途中の研究があるし。とりあえずやんなきゃいけないことも終わったから、観光は次の機会ね」
日和は撤収作業を進める中、ヴェールの義手が入っていたものより、やや小ぶりなジュラルミン製の箱だった。箱には一切の装飾がなく、ただ『HARUNA ver.1.30』とだけ書かれている。
「これって……」
陽菜にとって、これはある意味一番手に馴染んだものかもしれない。かつての戦争で、常に一緒だった相棒とも言うべき存在であると同時に、今の陽菜にとって一番忌むべき存在とも言えるものが中に入っているはずなのだから。
日和はゆっくりと陽菜の方を向き直り、陽菜の肩を抱き寄せると、陽菜に耳打ちをした。
「一昨日、所属不明のドローンがこの近辺で確認されてるの。作り方からして、多分ロシア製ね。とにかく、今誰かが嗅ぎ回っているのは間違いないの。伊織ちゃんに渡した義手は急ごしらえのものだから、いざとなったら使って」
「……分かったわ」
日和はおちゃらけたりする普段の言動からは考えられないような、重々しい声色で陽菜にそう告げた。陽菜も、特に反論することもなく、それを聞き入れた。
「それじゃ、もう帰るわね。じゃあね」
陽菜にケースを渡した日和はすぐにいつもの調子に戻って、車にエンジンを掛けて走り去っていった。
それを無言で見送った陽菜は、日和の報告を頭の中で復唱した後、ゆっくりとケースの蓋を開けた。
中に入っていたのは、『04』と刻印のなされた一本のベルトだった。それは、兵器と呼ぶにはあまりも非力な代物で、戦力になり得るようなものではない。
なぜならそれは、深月陽菜という『機械』が戦闘モードに移行し、最強の兵器となりうるためのいわば一種の制御装置なのだから。
日和が陽前町その日の夜、一人の人影が街を見下ろしていた。『ソレ』は、ここに自分が追い求める獲物がいると分かると、猟奇的な笑みを浮かべ、舌なめずりをする。
「来た、来た、本当に来た。本当にこんな幸運があるとは、思いもしなかった」
ソレはゆっくりと歩き出し、街の中心部を目指す。この時のソレは本当に幸運に恵まれていた。
それもそうである。彼が追い求める獲物の『すべて』が、ここに密集していたのだから。