第四節「腕」
翌朝、いつものように支度をして今日も何処かへ出かけようと思っていた最中、とんでもない勢いで小屋の扉が開けられた。
「ごめんなさい!ちょっと渡し忘れたものがあったの!」
入ってきたのは日和だった。しかもその手にはかなり大きめのジュラルミンケースが握られている。
「どうした?」
「これこれ。ちょっと必要かなって思って」
そういって日和は床にジュラルミンケースを置いて、中身を見せた。
「これは……?」
中に入っていたのは一本の義手だった。しかし、私が今付けてるものとは少し形状が違い、どこか無骨で幾つものコネクターがむき出しになっているものである。
「随分と酷い出来の義手だな」
「ええ。だってこれ、戦闘用だもの」
日和の言葉に首を傾げざるを得なかった。戦闘用の義手?そんなもの、一体何に使うのだろうか。
「まあ、何かあってからじゃ遅いからって思って、持ってきたの。ちょっと上着を脱いでくれるかしら?」
日和に言われてとりあえず上着を脱いで、念のために手袋も外す。普段は服の袖で隠している部分が初めて顕になった。右腕の肘から少し上の辺り、二の腕の真ん中に義手を繋ぐための銀色の専用コネクタがむき出しになっているのである。
本来なら、肘から先だけを義手に代えればいいのだが、メンテナンスの簡略化などの為にこうなってしまったのだ。
「じゃ、外すわね」
日和はコネクタを少し触り、ロック解除ボタンを探り当てると、そこを押してゆっくりと義手を引き抜いた。ロック解除ボタンが押されると同時に私の右腕の一切の感覚が消失する。
「ふむ……。結構簡単なものを使ってるのね」
「2,3年前のモデルだからね。日常生活に支障が無いから、これで十分さ」
「あっそ。じゃ、こっちを付けてみるわよ」
日和は興味無さそうに床に義手を置いて、ジュラルミンケースから新しい義手を取り出して身長にはめる。そして義手についているコントロールパネルを操作して、最終調整を始めた。
はめ込まれた当初は全く感覚が無かった右腕に、徐々に感覚が戻っていき、日和がいじり終えると同時に元の義手とほぼ同じような感覚が戻った。
「感覚はどう?」
「別に異常はない。いつも付けてるのと大差ないな」
とりあえず物は試しと軽く振ってみたり、握ってみたりするが、特別変なところはない。万力のような力を発揮しているような様子もないし、いきなり刃が飛び出してきたりもない。
「そう、じゃ次。上着を着てみて」
言われた通りに脱ぎ捨てた上着を手に取り、着てみる。次の瞬間、右腕に強烈な違和感が走った。
まるで、右腕全体が何かに撫でられているかのような気味の悪い感覚。生地の感触だと少し遅れて気づいたが、私は慌てて上着を脱ぎ捨てた。突先脱ぎ捨てたせいか、少々息が上がっている。
「なるほどねえ……」
その様を見た日和は大して驚いた様子もなく、ノートパソコンを取り出して、私の義手の解析を行っていたようだった。
「予想通りっちゃ予想通りだけど、そこまで反応されると逆にびっくりね」
日和は少し呆れた様子でノートパソコンを操作している。
「この義手、手首から先しか完全に触覚の再現が出来てないのね。腕の部分は痛覚だけね」
日和は淡々と解析結果を告げていった。この義手は付け替えた当時の資金で買えた一番良い物だったため、少しショックだった。
「まあ、ちょっと前ならこれぐらいできれば上々ね……。プログラムの書き方に無駄が多いのが鼻につくんだけど」
ノートパソコンを睨んでいる日和は、ブツブツ言いながら手招きをする。今のフィードバックがしたいと察した私は、大人しく日和の側へ行く。
「さてと。どうかしら?久しぶりに腕の触覚が戻った気持ちは」
「いきなり言ってくれないと困る。ビックリしたじゃないか」
日和は私の腕を取り、解除ボタンを押して義手を外した。そしてパソコンと元の義手とのケーブルを外して新しい義手の調整を始めた。
「それで、戦闘用の義手って何ができるんだい?」
「ああ。まだ言ってなかったわね。今のところ、ゴム弾を発射とスタンガンがデフォルトで入ってるわね。一応手首から先からアタッチメントを付け替えて戦えるようにするつもりよ。チェーンソーとか、実銃とかね」
日和は淡々と説明してくれた。そして演出のつもりなのか、ボタンを押して手首を外してみたり、軽く転がしてゴム弾のマガジンを外して見せてくれた。
「なるほど。一応護身用の装備程度か」
「まああんまり大型の装備を持ってると、持ち運びにも不便だろうって思ってね。その義手の感覚設定に合わせるよう調整するから、ちょっと待ってて」
日和はそれっきり、黙ったままパソコンを弄り始めた。そして、もともと付けていた義手をつけようとしていたときだった。
「おはようございまーす。ヴェールさんいます?」
ちょうどその時、寧音がやってきた。私が使っている小屋には廊下がない。本当に仮宿泊所のような場所だ。
つまり、寧音が入ってきて真っ先に目にする光景といえば1つ。『右腕がもげているヴェールさん』なのである。
「えっ……」
予想だにしない光景に、寧音は明らかにうろたえている。当たり前だ。私が義手をしていることは、事前調査をしていた日和を除けば陽菜にしか伝えていない。加えて、こんな平和な国で五体満足ではない人間を見るという機会はまずない。
「ああ、すまない。義手のメンテナンスをしていてね。ビックリさせてしまったかな」
なれた手つきで義手をはめて軽く動作を確認する。いつもどおりの感触が戻ってきて安心した。
「ヴェールさんは……ロボット……?」
寧音の顔が青ざめていくのが少し離れていても分かる。とりあえず落ち着かせようと優しく近づいてみる。
「いや、これは義手だよ。ちょっと周りに隠してたんだけどね」
怯える寧音をなだめようとするが、肝心の寧音はすっかり怯えきっており、もはやこちらの声など聞こえていないようだった。
「ご、ごめんなさい!誰にも言わないから、お願いですから殺さないでください!」
私は完全に聞く耳を持たない寧音にため息を吐き、寧音の肩をつかむ。寧音は小さな悲鳴を上げたが、それを無視して優しく話しかける。
「大丈夫だから。別に必要なかったから話してなかっただけさ。別にどうもしないよ」
「本当……ですか……?」
「ああ、本当だ」
寧音は涙目になりながらも、なんとか落ち着いてくれたようだった。にしても、どうしてここまで怖がるのだろうか。別に機械製の義手なんて珍しいものでもなんでもないのに。
「じゃあ、アレは……?」
寧音が怯えながら指差した方向を指差すと、日和が戦闘用の義手をごちゃごちゃ弄っていて、ナイフのような刃や火花が出たり引っ込んだりしていた。
「日和。何をしてるんだ」
「テスト。調整後もギミックが生きてるのか気になるじゃない?はいこれ。触覚の調整が終わったから、多分これで戦えるはずよ」
当の日和に寧音を怯えさせてしまったという自覚は無いようで、私に調整が終わった義手を投げ渡してきた。
「それじゃ、私はこれで帰るわね。また何かあったら、陽菜経由で呼んでちょうだい」
日和は謝罪する様子も見せないまま、手を振って小屋から出ていってしまった。残された私たちは日和の態度に対して、唖然とする事しかできなかった。
日和が帰っていった後、私は気を取り直して日和が置いていった義手を試してみることにした。慎重に義手を付け替え、色々と試してみる。先ほどと同じように長い袖に腕を通してみたが、特に違和感は感じない。一応袖の感触こそあるものの、それほど感じない。
「……ふむ」
今度は付いている武装を動かそうと上着を脱いで色々と腕をいじってみる。手首の付け根辺りに、ボタンがあったので、念のために壁に指先を伸ばしてそこを押してみる。
すると次の瞬間、ものすごい勢いで何かがボタンの反対側から飛び出し、壁にのめり込んだ。一瞬ではあったが、すごい音がしたので、ゆっくりコーヒーを飲んでいた寧音が悲鳴を上げた。
「すまないね。驚かせてしまった」
「あ、いえ。昔からちょっと気が弱いってだけですから。気にしないでください」
寧音はぎこちなく笑ってみせ、とりあえず表面上だけでも取り繕おうとしている。
「私は勇敢な方より臆病な方が好きだな。失敗することが少ないな」
「えっ?」
寧音の聞いてきたことを無視して、ふと見つけた義手の不自然な合わせ目を押してみる。すると今度はそこが口のように開いて、中から金属の刃が飛び出してきた。
この刃は最近増えてきた護身用グッズの店で売っているような、ナイフ型のスタンガンと同じように見える。しかし、実際に使ったことがないので分からないが、パッと見軍隊で採用されているような、『殺すための』ナイフに見える。
「ヴェールさん、それって……」
「なんてものを作るんだ全く……」
もう一度開いたカバーに手を触れると、刃も自動的に仕舞われた。
最初、戦闘用の義手と聞いて簡易的な護身グッズ程度のものだと思っていた。しかし、実際に触ってみてわかったのだ。これは、人を殺す為のものである、と。
とりあえずこれでは危ないだろうと思い、すぐに義手を外して元のものに差し替える。
「あの、ヴェールさん。さっきのは一体……?」
さっきのあの武器を見て、寧音の不安を余計に煽ってしまったようで、彼女の不安がひしひしと伝わってくる。
「一応護身用にって渡されたんだが、全く、とんでもないものを渡されたものだな」
一応軽く笑って誤魔化してみせる。傍から見れば私はただの一般人なのだ。そんな一般人があんな危険なものを持ち歩いていていいはずがない。テロリストと間違えられても文句は言えないだろう。
「ヴェールさんは、一体何と戦うつもりなんですか?」
「さあ。とにかく、この町で生きていくのに、少なくとも普通の護身グッズじゃダメってことはわかった」
正直適当な事を言って誤魔化せるか不安だったが、寧音は納得してくれたようで、特別それ以上追求することはなかった。