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女の子と不思議なカンテラ

作者: 稲本 楓希

 その世界は、どこか遠くの別のところにありました。そこには太陽も、月も、星もなく、人々は真っ暗闇の中を手探りだけで生活していました。それはとてもさみしい世界でした。

 そんな世界をかわいそうに思った神様は、その世界の中から、小さな村に住む、とても心優しい一人の女の子を選んで、近くの山に呼びました。そして、やってきた女の子に一つのカンテラを与えました。その中には、明るく輝く光が宿っていました。

 生まれて初めて見る「光」というものに見とれていた女の子に、神様はそっと語りかけました。

「それは『希望』という名前の光だよ。その光は思いやりをもって分け合えば、みんなの世界を明るくできるんだ。でも、気を付けて。それはとても繊細なものだから、乱暴に扱ったり奪い合ったりすれば、すぐに消えてしまうからね」

 女の子は、その光をきっと大切にすると神様に約束しました。それを聞いた神様は、いつくしむようにほほえんで帰っていきました。そこで女の子も、この光を早くみんなに見せたいという思いで、村まで走って帰りました。

 光を手に入れたことで、村の人々の生活は大きく変わりました。もう物を手に取るときにいちいち手探りをする必要はありませんし、道を歩いている時に他の人とぶつかってしまう心配もありません。でも、何より大きく変わったのは、お互いの顔を見ることができるようになったということです。ずっと一緒にいた家族や友達の顔をはじめて目にするというのは不思議な経験でしたが、最初の驚きが落ち着くと、次には自然と笑顔が生まれました。気が付くと、これまで互いに微笑み合うこともなく過ごしてきた村の人々の間に、笑顔があふれていたのです。神様から光をもらってきた女の子は、みんなの雰囲気が明るくなったのを見て、もっとたくさんの人にこの光を分けてあげたいと思いました。

 くらやみの世界の中で、この光にあふれる村のうわさは、瞬く間に広がっていきました。そしてあちこちの村や町から、自分達にも光を分けてほしいとたくさんの人々が村にやってくるようになりました。女の子はもちろん、惜しげもなく来た人みんなに光を分けてあげました。

 しばらくすると、くらやみの世界はこれまでとはまるで違う世界に変わっていきました。そこにはたくさんの明かりが灯り、人々の生活は希望と思いやりにあふれていました。そしてその間も、光は人と人との間で分け与えられ続け、世界はどんどん明るくなっていきました。


 しかしその新しい、明るい世界は、突如危機に見舞われました。強大な軍事力を持つ帝国が、世界から光を奪い始めたのです。光を持つ町や村を次々と兵隊たちが襲い、見つける端から光を踏みつぶして消していったのです。せっかく明るくなった世界は、再びどんどんとくらやみに包まれていってしまいました。人々は光を守ろうと全力を尽くしましたが、戦いを知らない人々が、帝国の軍隊に敵うはずもありませんでした。

 世界のすべてが再びくらやみに包まれようとしていた時、それを何よりも悲しんでいる人がいました。そう、それは、神様から光をもらった女の子でした。女の子は、この世界の誰よりも光を愛していました。それで、帝国のせいで世界から光が失われていくことが、悲しくてたまらなかったのです。

 女の子は思いました。帝国の君主である皇帝に、光を見せに行こうと。光を直接見せてあげて、そのすばらしさを知ってもらうことができれば、攻撃をやめてもらえるかもしれないと考えたのです。女の子は、自分の部屋に大切にしまってあったあのカンテラに光をともし、一人、帝国の都に向けて旅に出ました。

 それはまだ一人前にもなっていない女の子にとっては、あまりにも過酷な旅でした。もし光を持って都に向かっている所を、軍隊に見つかりでもしたら、すぐに光を踏み消されてしまうでしょう。女の子は人通りの多い街道を避けて、森や山や谷の道なき道を進まなければなりませんでした。それでも、このくらやみの世界では女の子の持っている光は遠くからでもすぐに見つかってしまうでしょう。それで、軍隊が近くを通る音が聞こえた時には、洞窟のような身を隠せる場所を見つけて、見つからないようにと祈りながらじっと待たなければなりませんでした。時には、隠れ場所のすぐそばに兵隊の足音を聞きつつ、震えながらひたすら耐えなければならないこともありました。それでも、女の子はあきらめませんでした。世界を明るく照らしてくれる光を守りたい一心で、細心の注意を払いながら、女の子は少しずつ、少しずつ進んでいきました。

 長く危険な旅路をついに乗り越え、女の子はついに帝国の都にたどり着きました。聞いた話ではとても大きな町だそうですが、明かりが一つもなく真っ暗なので、女の子にはその全体像を見ることができませんでした。都の中心には皇帝のすむお城がありました。しかしやっとお城に潜り込めると思ったその時、女の子は兵隊に見つかってしまいました。女の子は、ついに世界から最後の希望の光が消されてしまうことを覚悟しました。しかしその時、光を踏み消そうとした兵隊を止める声が聞こえました。その声の主は皇帝の息子、つまり帝国の皇子でした。皇子は自分がことを引き受けるといって、兵隊を去らせました。

 いったいこれからどうなるのだろうと不安に震えていた女の子に、皇子はやさしく話しかけました。皇子は、この世界から光を消してしまおうという父親の考えに賛成していなかったのです。そしてそれは、実は帝国の兵隊のほとんども同じ気持ちだというのです。でも、彼らは君主である皇帝に対する忠誠心から、命令に従うほかなかったのです。

 皇子の誠実な言葉に安心した女の子は、自分が皇帝に光の良さを知ってもらうために来たのだと告げました。そして、なぜ皇帝が光を嫌っているのかと皇子に聞きました。しかし、その答えは皇子も知りませんでした。いくら聞いても、皇帝は息子にすらそのわけを話してくれなかったのです。そこで女の子は、最後の勇気を振り絞って、皇帝に直接会って話がしたいと言いました。皇帝が光を嫌うようになったのにも、きっと理由があるはずだと思ったのです。皇子は女の子の真剣なまなざしに心打たれて、この女の子なら皇帝の心を変えられるかもしれないと感じました。

 皇子の手助けによって、女の子はお城の玉座の間にやってきました。玉座には、皇帝が座っていました。どういうわけか、カンテラに照らされたその顔に、深い悲しみが刻まれているのを女の子は見て取りました。しかしそれ以上に不思議だったのは、あれほど光を嫌っているという皇帝が、女の子が光を灯したカンテラを目の前に見せても、なんの反応も示さないということでした。もっと言えば皇帝は、皇子と一緒にカンテラを持った女の子が入ってきたことにさえも気づいていないようでした。

 女の子は、意を決して皇帝に話しかけました。自分が神様から光をもらってこの世界に広めたこと、光によって人々の生活が明るく豊かになったこと、だからその光を消してほしくないこと、そのために長い旅をして、光を届けに来たこと。危険を乗り越えてきてついに目的の相手にあえたことで、ずっと張りつめていた緊張の糸がきれたのか、女の子の口からは思いが次々とあふれ出てきました。

 しかし、女の子が光を持ってきたと聞いた瞬間、皇帝はわめき始めました。

「そこに光があるというのか。なんと憎たらしい。そんなものは今すぐ消してしまえ!」

 その時、女の子はついにすべての原因を悟りました。皇帝は、目が見えない人だったのです。これまでのすべてがくらやみの世界では、目が見えるかどうかなど分かりませんでした。きっと皇帝は、自分も光を見たいと思って部下に光を分けてもらいに行かせたものの、その光を目の前に持ってこられた瞬間に、自分には光が見えないと気付いたのでしょう。そして、自分に見えない光をもてはやしている人々の話を聞くのが、がまんならなくなったに違いありません。

 そう思い至った時、女の子にはもうわめき続ける皇帝の声が、ただの悪意から出た声には聞こえませんでした。そこには自分だけのけ者にされたという、深い悲痛な感情がこもっていました。もちろん、理由があったからと言って皇帝の行いが正しかったということはできません。でも、まわりの世界が明るくなっていく中で、自分一人くらやみの中で生き続けなければならないと気付いた時の皇帝の寂しさはいかばかりだったでしょう。女の子は皇帝に、深く同情しました。そして皇帝のすぐそばに駆け寄り、その手を取って、心から謝罪の言葉を告げました。誰にでも当然光が見えるはずだという自分の考えにも、傲慢があったと思ったのです。真剣な思いを伝えるときに相手の手を取るというのは、光がもたらされる前の世界での礼儀作法でしたが、光のある世界になれていた女の子は、これまでそれを忘れていたのです。

 しかし皇帝は、それでも気持ちを変えませんでした。皇帝が女の子の手を振り払うと、横に置いてあったカンテラが倒れ、光が消えてしまいました。でも女の子はそれを気に留めることもなく、再び皇帝の手を取って謝り続けました。皇帝はなおも振り払おうとしましたが、その手に一粒の涙が落ちるのを感じた瞬間に、その頑固な思いが崩れ去りました。

 皇帝には、信じられませんでした。この女の子がいったい自分になんの悪いことをしただろう。なにもしていないではないか。それなのに女の子は目が見えない自分のことを思って涙を流してくれている。それに比べて、自分が目の見える人たちに対してした仕打ちはなんと心ないものだっただろう。自分の行いは、ただの嫉妬とやっかみでしかなかった。自分に光が見えないからといって、他の人々からそれを奪っていい理由にはならないというのに。

 皇帝は、自らを恥じ、心から悔い改めました。そしてすぐに、すべての軍隊に対してこれ以上光を消すのをやめるように命令を出そうとしました。しかしちょうどその時、遠征に出ていた将軍が帰ってきて皇帝に報告しました。ご命令を果たし、この世界から最後の光を消し去りました、と。

 皇帝は、それなら女の子が持っていた光があるはずだと思いました。もちろん、目が見えないので、カンテラの光が消えたことにも気づいていなかったのです。女の子は、打ちひしがれた声で、もう光は本当になくなってしまったのだと、皇帝に告げました。

 皇帝は自分の犯した罪が、もう取り返しのつかないところまでたどり着いてしまったことを悟りました。そして、心の底から湧いて来る悲しみの中で涙を流して泣きました。女の子も泣きました。二人の涙が、もう光を灯すことのないカンテラの上に落ちて、混ざり合いました。

 すると、不思議なことが起こりました。カンテラの内側から、新しい光が生まれ出たのです。しかもその光は、これまでのようにカンテラの中で輝くだけのものではありませんでした。光はどんどん強くなり、カンテラからあふれていって、やがて空高く飛び上がりました。それはお城の天井をすり抜け、三角屋根のてっぺんからさらに上への登り、空まで上がっていきました。その間も光はどんどん強くなっていきます。ついに、光はくらやみの世界の隅々までを照らし出すほどになりました。こうしてくらやみの世界に太陽が生まれ、初めての昼が訪れたのです。

 世界の各地では、最後の明かりが消えてしまったことで、誰もが悲しみに暮れていました。しかし太陽が生まれ、世界が明るくなると、それまで泣いていた人もみんな歓声を上げて喜び踊りました。もう、この世界から光が絶えることを心配しなくてよくなったのです。

 しかし、このことを誰よりも喜んだのは、女の子と皇帝でした。皇帝には、相変わらず光を見ることはできなかったのですが、それでも彼は太陽の誕生を心から祝いました。女の子のおかげで、他の人の心に寄り添い、悲みや喜びを分け合うことのすばらしさを知ったのです。その目に光は映っていませんでしたが、心の中には、確かに希望の光が明るくともったのです。



おしまい

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