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首なし騎士 決断する

「速い速い。首なし騎士の戦馬車に生きたまま乗れるなんて。中々貴重な体験だよ」


 夜の街道を疾走する六頭曳き戦馬車。

 あの世への霊柩車に等しいその車上で歓声を上げるルフェイ。

 振り落とされないようデュラハンの脚に抱きつきながら琥珀の瞳を輝かせる。

 初めて見せる歳相応の喜びだ。

 戦馬車の走りを楽しむのは普通の娘としてどうかとは思うが指摘はするまい。


「生者を乗せて走るのは俺も久々だ」


 結局、赤帽子を駆除したデュラハンはルフェイを戦馬車に乗せその場を離れることにした。

 別に命を狙われているルフェイを”刈り取り”のときまで保護する決心をしたわけではない。

 追加の赤帽子や獣が現れるのを警戒してだ。


「ほう。……私の前に女を乗せたことがあると? いささか感心しないな」


 脚に抱きついている城なし姫が騎士の足甲に爪を立てて訊ねた。

 上から見下ろすしかないデュラハンはルフェイが俯くとどんな顔をしているか知ることはできない

 うなじと銀髪の生え際の美しさに目が奪われるから余計にだ。


「俺が何千年首なし騎士をしていると思っている。主命により生者を乗せたことぐらいある」


 歴戦の勘が告げたので弁解を述べておく。

 あの世の使者であるデュラハンは、実際に主命で”死の宣告”や”刈り取り”以外の任務をこなす事も――千年に一度程度だが――あった。

 生きたままあの世に行きたがる人間とか理解に苦しむ存在がたまにいたりするのだ。


「…………」


 返答に納得したのかしてないのかルフェイは無言でデュラハンの脚を強く抱きしめる。

 衣一枚越しにささやか過ぎる胸が押し付けられ、返り血でしか感じることのない生者の温かさが伝わってくる。

 体温を持たない首なし騎士にとってそれは異質な感覚――陽光嫌うのも同じ理由――であり不快なのだがどうしてか振り払う気にならなかった。


 首なし黒馬の蹄が大地を叩き、走行風が吹きぬける音だけが響く。


「……随分と静かで揺れも少ないね。首なし騎士の戦馬車はとんでもない騒音ととも現れると聞いたんだが?」


 沈黙が我慢できなくなったのかルフェイが先に口を開いた。

 少女いうとおり首なし騎士は訪問の際に世界中の武器を打ち鳴らしたような騒がしく不快な音を鳴らす。

 それは主の命を果たすという布告――”兆し”だ。

 一応余計な生者を巻き込まないための配慮でもある。

 そして配慮を無視した騎士や戦士は美味しく首級をいただく。

 海の神がこの世に降臨する前に警告のため怪火を飛ばしたり、魔境の主が嫁を迎える時に天気雨を降らしたりとこの手の”兆し”は少なくない。

 人間からしたら不吉の象徴でしかないのだが。


「”兆し”は”死の宣告”と”刈り取り”のときのみだ。それより小娘、戦馬車に乗ったことがあるのか?」


 『随分と静かで揺れが少ないね』――ルフェイが他の戦馬車と比較するような物言いをしたことに気がつき問い返す。

 戦馬車とは名前のとおり”戦のための馬車”。

 戦場を自在に走り回り、すれ違いざまに投げる槍は戦馬車の勢いも加わり盾ごと戦士達を貫く。

 最強の兵器なのだ。

 しかしとても高価でもある。

 殆どは木製だが楯や車輪の外側などの補強に鉄や鋼を使用するし、複数の馬に曳かせる必要もあることから騎士の中でも血筋や財貨に恵まれたものしか乗ることはできない。

 二頭曳きの戦馬車を一台でも所有していれば周囲の領主達にかなり大きな顔ができるほどだ。

 デュラハンの六頭曳きの戦馬車は王かそれ以上……神の乗り物といえる。


 そんな戦馬車の乗車経験があるのはおかしくないか? と疑問に思うのは当然だった。


「ああ……父上がね。その、とても戦馬車が好きで始終乗り回していたんだ。私や弟を乗せて走り回ったこともある。……母上に止められたがね」


 途切れ途切れに応える城なし姫の姿に、そういえば大領主の娘だったの思い出した。

 大領主ともなれば戦馬車ぐらいもっている。

 歯切れが悪いの仕方が無い。

 没落真っ最中の身としては過去の栄光といったところか。


 しかし惜しい。


 戦馬車を乗り回すような豪傑ならば”死の宣告”を刻んでも喜んでデュラハンを迎え撃ってくれただろう。

 喜びの原に旅立っていなければ今からでもこの事故物件(ルフェイ)と交換したい。


「ふう……」


 獲物と和やかに会話していたデュラハンは自身が抱える大問題を思い出し溜息を吐いた。


「この小娘をどうにかしなければ」


 殺されるならそれまでと見捨てれば楽なのだが、首なし騎士業界随一の堅物であるデュラハンは”刈り取り”失敗の可能性を見過ごすことができなかった。

 『知らなかったではすまない』という言葉があるが『知っていながら』は問題外だと考えてしまう。

 デュラハンの思考を同僚の首なし騎士達が聞いたとしたら全員が全員『また先輩がいらない仕事増やしてる』と呆れ半分親しみ半分の笑いを浮かべることだろう。

 そして獲物が女神の末裔かと思える愛らしい少女だと知れば、全員が仕事を放り出してこの世に見物にくるかもしれない。

 年間実動二晩の首なし騎士は暇つぶしに目がないのだ。


 ……同僚に頼るのはやめよう。

 

 要らない苦労を背負い込む性質の闇の騎士はどんどん自身を追い込んでいく。

 一年間もこの性格に激しく問題がありそうな娘を庇護するのは選択肢としてありえない。

 この数刻一緒にいるだけでデュラハンの精神がどれだけ削られたことか。

 ではどうすれば…… 


「誰かに押し付けるしかあるまい」


 面頬の内でニヤリと笑う。

 六千年に及ぶ経験はデュラハンを裏切らない。

 夜になったことで調子が戻ったのかあっさり問題解決の手段を思いついた。


 そうだ何を悩むことがあろうか! 問題があるなら解決すればいい。いいぞ俺、やれるぞ俺、凄いぞ俺。


 表面上は硬い鎧兜で覆われているため誤解されるが実は浮き沈みの激しい性格だったりする。

 ちなみにデュラハン自身にも自覚はない。

 同僚の一部が密かに楽しんでいるだけだ。


「さて誰に押し付けるべきか……」


 自信を取り戻したデュラハンは冷静に押し付けるべき相手を吟味する。

 繰り返すがデュラハンは六千年以上働いてきた。当然ながらその過程でこの世のモノとも交流がある。

 その知己は多種多様であり島の何処でも存在する。


 地を焦がし海を汚す名もなき一つ眼竜。

 未だ神代の力を保つ海の妖精王マナン。

 轡を並べた戦友である人喰い巨人のビーン。

 ”刈り取り”に失敗したラス湖の妖精ラスシー。

 全てのあの世から入界禁止された死人ジャック。

 うなじについて語り合った大陸渡りの吸血鬼ローラ。

 人間を異世界に一年と一日連れ去る沼の妖精ボグーマ。

 飼い主の敵討ちのため襲い掛かってくる猫妖精のキッド。

 人に恋をしてあの世を去った元同僚の首なし騎士ガンカイン。


「…………案外知り合い少ないな俺」


 訂正、デュラハンは知己が少ない。仕事一筋にしても酷い。

 へこんだデュラハンだったが気を取り直し、誰に事故物件を押し付けるか検討する。


 まず巨人のビーンと吸血鬼のローラは駄目だ。快く引き受けてくれるだろうが両者とも人間を主食にしている。

 一つ眼竜とジャックもいけない。存在そのものが人を害する。

 妖精達は困った人間を喜んで助ける御人好しがほとんどだが……敵対関係にあるものばかりだ。”刈り取り”の際に障害になることが確実だ。

 失敗の可能性を減らすために失敗の要因を増やすのでは本末転倒。

 退職したガンカインなら大丈夫そうだが駆け落ち先に若い娘を連れて行くのは流石に拙いだろう。根拠はないがデュラハンの鋭い勘が告げていた。


 思いついた押し付け先が次々と潰れていく。


「否! 諦めたらそこでお終いだ。必ずいるはず。この事故物件を押し付けられる友が!」


「貴重な友に、厄介ごとを…………押し付けるなんて……随分と……酷い話だね」


 思わず叫ぶデュラハンに道理を説くルフェイ。

 ただその物言いは酷く震えており先ほどと比べて随分と弱々しいものとなっていた。

 まるで今にも消えてしまいそうなほどに。

 いつの間にか伝わるルフェイの温かさが失われている。

 足を掴む手が力を失い滑り落ちた。


「すまないが、少し……さむ、い」


「なんだ? どうした?」


 くたりと戦馬車の床に崩れるルフェイ。

 問いかけるデュラハンにルフェイが応える様子はない。

 戦馬車を止め鎌を置いた闇の騎士は恐る恐る少女を抱き上げる。

 腕から伝わるその身はデュラハンと変わらないほど冷えており、元々白かった顔からは完全に血の気が消えていた。

 触ればそれだけで壊れそうな雪像の如き姿に思わず叫ぶ。


「……どうしたことだ。どうして死に掛けている(・・・・・・・)


 長年人間を刈り取ってきたデュラハンは人間が死ぬと温かさが失われることを知っていた。

 だが夜の街道を戦馬車で疾走していただけで獲物が死に掛ける事態など予想できようか。

 人間と接触するのは長くて一晩、それも獲物を追い詰め”刈り取る”だけのデュラハンは知ってるつもりで知らなかった。


 人の脆さを。


 そもそも戦馬車は走行の際の向かい風が直接乗り手に当たる。

 鍛えた騎士でも長時間走れば体温を奪われのだ。

 夜、か弱い娘が乗れば著しく体力を失うのは必然。

 ただ意識を失ったルフェイも普段の状態ならここまで急激に体調を崩すことはなかった。

 逃避による疲労と満足に食事も取れなかった空腹。

 赤帽子の血に濡れた衣服。

 さらに自身は認識してなかった父の死と首なし騎士に見初められるという常有らざる体験。

 生来の性格によって表面に出ていなかった精神の磨耗。

 全てが重なった結果だ。


「おい! 小娘! …………ルフェイ!」


 薄い布越しに感じる命の失われつつある娘。

 揺さぶり問いただしても体の震えは止まらず意識が戻ることも無い。


 人は死ぬ。

 首を刎ねれば死ぬ。

 寝なくても死ぬ。

 飢餓でも死ぬ。

 疫病でも死ぬ。

 老いて死ぬ。


 どうすればルフェイを助けられるかデュラハンは考える。

 しかし答えはでない。


 首なし騎士は死なない。

 首は無い。

 眠りは知らぬ。

 飢餓も知らぬ。

 疫病も知らぬ。

 老いも知らぬ。

 

 知識があっても実情と結びつかない。

 コシュタ・バワー達もデュラハンと同じだ。

 デュラハンもコシュタ・バワーも人や馬の形をしているだけでこの世ならざるもの。


 熱いスープも焚き火の温かさも知らないあの世の使者に答えは出せはしない。


 あらゆる生者を刈り取る大鎌も。

 疲れることなき愛馬も。

 死を知らぬ肉体も。

 全てが全て役立たず。


「確か…………近くに奴が」


 躊躇いは一瞬。

 己に対処不能なら対処可能な者に頼る。

 それは押し付け先として選択肢にいれなかった存在。

 なぜなら首なし騎士がその存在に頼ることは、獅子が兎に助けを請うような矛盾。

 しかし任務のためなら体面などこだわらない。

 己が無知無能だと認めることを恐れない。


 人間のことは人間に任せればいい。


 主の決断を汲み取りコシュタ・バワーが走り出す。

 街道から逸れ目指すは深き森の更に奥の奥。

 この世における魔境へと。


 黒い腕の中で白い笑みが浮かんだ。

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