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首なし騎士 戦う

 赤帽子。レッドキャップとも呼ばれるそれは妖精の一種だと人間の世に伝わっている。


「ふん? 古戦場や廃墟に住んでいて迷い込んだ旅人を襲う妖精だったかな。犠牲者の血で頭を赤く染める物騒な趣味を持っているとも」


 デュラハンの呟きで赤帽子の接近に気がついたルフェイが己の知る赤帽子について話す。

 元大領主の娘だけあってなかなかよい教育を受けていたらしい。

 補足するなら赤帽子は血の臭いする場所ならどこでもやってくるだ。

 つまりどこぞの姫を狙い首なし騎士に返り討ちにされた戦士達の血が撒き散らされた街道の外れとか。

 それでも人間にしては知っていると褒めるデュラハン。


「だが俺としては赤帽子を妖精とは認めたくない」


「うんうん。妖精ってもう少し愛らしいものであってほしいね」


 月光に照らされ醜悪な姿があらわになる。

 姿かたちは人間の子供に近い。

 しかし細部が違いすぎる。

 生者の血で赤黒く変色した頭髪。

 顔を半分を占めるほどの巨大な目。

 ギザギザの歯を並べ涎を垂らす口。

 朽ちた枝を繋げたような貧弱な四肢。

 錆びた槍の穂先を思わせる不潔な爪。


 はるか昔、巨人との戦争に勝利しこの島の支配者――神として君臨したこともある妖精の同種とは信じられない。

 外見だけならルフェイのほうが神の末裔として相応しい。

 無理やり妖精としての面影を挙げるならば尖った耳ぐらいか。


「デラアアアアアアアアド!」

「ブレエエエエエエエエド!」

「ブラアアアアアアアアド!」


 大好物の血の臭いに釣られてやってきた三体の赤帽子。

 奇声を上げ我先にとデュラハンが殺した戦士達の躯に飛びつく。

 まだ温かいその亡骸を歪んだ爪で引き裂き掻き混ぜ溢れる血を己が頭にベシャリベシャリと塗りたくる。


「むっ」


 血だけでなく内臓や未消化物が混ざった臭いに流石の城なし姫も顔を顰める。

 ルフェイが初めて見せた普通の人間らしい姿に僅かに溜飲が下がるデュラハン。

 震える首筋が実にいい。


「人が不快な思いをしているのを嬉しそうに見るなんて性格が悪いよ。それにあのままほっておいていいのかい?」


 デュラハンはお前が言うな、と思いつつルフェイの言葉に赤帽子へ兜を向け、あまりの光景に目を剥いた。


「クビクビクビクビクビクビ!」

「ブラアアアアアアアアアア!」

「ボンボンボンボンンンンン!」


 赤帽子が丸いもので遊んでいた。

 丸いものの数は丁度戦士達の亡骸と同じ数。

 振り回され蹴られ殴られている。


「…………」


 本日何度目かの茫然自失に至るあの世の使者。

 赤帽子の玩具になっているのは、デュラハンが刈り取った戦士の首級。

 目を抉り取り、舌を引きちぎり、頭蓋は叩き割られ、下顎はどこかに消えている。

 首級としての価値は零だ。


「うんうん。ああしてると牛の膀胱で遊んでいる子供たちみたいだね。案外可愛らしいところもあるじゃないか」


「どこがだっ! 妖精モドキめ!!」


 デュラハンの此度の訪問は”死の宣告”を刻むためであり、首級の確保が目的ではない。

 たとえ手に入れたとしても一年後の”刈り取り”まで保管する術がない。

 任務として考えるなら首級が破損しても困らない。

 だが目の前で自身が刈り取った首級が台無しにされて、我慢できるかは別問題だ。


 デュラハンは愛用の大鎌”忌わしき三日月”を一振りすると不埒者に罰を与えるため戦馬車から大地へと降りた。


「ブラララ、ク、クルアハ?」

「クルアアハ?!」

「アハ! アハ!」


 人の亡骸で楽しく遊んでいた赤帽子は、自分たちに歩み寄る首のもげた戦士に気がつく。

 そこにデュラハンをあの世の使者だと認識している様子はない。


 デュラハンの知る限り妖精は、次第に数を増やす人間と争うことを厭い大部分が妖精郷――あの世でもこの世でもない小世界――へ去った。

 そんな中『なぜ私達妖精が人間に世界を譲らなければならない』とこの世に残った驕り高き(・・・・)妖精の末裔に一つが赤帽子である。

 驕り高きだ。基本的に妖精は争いを好まない。


 数千年前、妖精は投げれば自動的に敵まで飛んでいき命中すると大爆発する槍や一振りで七つの斬撃を放つ剣など神と称されるに相応しい武具を手に他種族相手に暴れまわった。

 連戦連勝で調子に乗った妖精は、当時最大の勢力だった巨人に戦いを挑み……王族を殆ど失うという大失態を侵している。

 多くの犠牲と引き換えに巨人に勝利した妖精は、傲慢で好戦的だったと反省し平和を愛する種族となった。


 現在デュラハンの目の前でギャーギャーと煩い赤帽子は、自分たちが何故零落したか理解できなかった馬鹿の子孫ということだ。


「…………」


 人間の首を刈る任務においては冷静沈着を心がけるデュラハンだが、いろいろと因縁のある妖精が一部とはいえここまで退化していることに憐憫の情を覚えた。


「一人で大丈夫かね騎士殿」


 心の機微を理解しない人間が背後から心の篭ってない心配をする。

 いや、ルフェイはデュラハンが妖精に対して何らかの感情があることに気がつきながらからかっいるに違いない。


 一年後首を”刈り取る”だけなのに、なぜここまでの心労を課せられるのだ。


 憐れみとともに振るわれるはずだった刃は、八つ当たり気味の暴力となって赤帽子を襲うこととなった。


 首なし騎士という存在を正しく理解してなかった三体の赤帽子は、正面からの不意打ちという矛盾した初撃を受けることになる。

 彼らは人間に似たデュラハンを、首が無い人間(えさ)の戦士と捉えていた。

 デュラハンが知れば再度、劣化が酷いと嘆いたことだろう。

 そして赤帽子の人間は餌という認識は戦いを生業にする人間、一般に戦士と呼ばれる人間と相対しても変わりはしない。

 全力疾走の馬に追いつく脚力と人体どころか鋼さえ切り裂く爪を前にして人間は一方的に狩られる存在なのだ。


 無言で振り下ろされた鎌に脳天を刺し貫かれることを代償にデュラハンが餌ではないと知ることになる。


「ギャガア?!」


 他人ではなく自分の血で頭を赤く染められて叫ぶ赤帽子。

 顎まで貫いた鎌をデュラハンは腰を捻り引き戻す。

 自身の頭に埋まった刃が内側から顔を左右に割っていくという貴重な体験とともに昇天。

 鎌に魂を引き抜かれたように倒れる。


 一瞬の凶行に残る二体が反応するより早くデュラハンは動く。

 大きく踏み出し地を這うように鎌を滑らせた。

 闇を叩いて鍛えた鎧に包まれたデュラハンは蛇のように右側の赤帽子を襲う。

 デュラハンが再び腰を引いたときようやく二体は動き出した。

 左一体は仲間の敵を取ろうと襲い掛かり、右の一体は恐怖から逃げ出そうとする。


 だが逃げようとした赤帽子は無様に倒れる。

 必死に立ち上がるが上手く走れないし視界がおかしい。

 いつもより手の平一枚分ほど大地が近いのだ。

 どうしたことかと足元を見て悲鳴を上げる。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 両脚の脛から下が消えていた。

 哀れな赤帽子は激痛に襲われながら自ら流した血溜り中でのた打ち回る。

 全身を赤く染めて。


 最後の赤帽子は先の二体より幸運だった。

 デュラハンの振るう大鎌は武器として特殊な部類に属する。

 その刃は内向きなため敵を捉えてから引き斬るという動作が必要なのだ。

 左にいた赤帽子の足を刈り取ったデュラハンは腰も腕も後退しており即座に鎌を振るうことができない。

 だからデュラハンは鎌を使わなかった。

 デュラハンの頭部に鋭い爪を突き立てようとする赤帽子。

 闇の騎士は零落した妖精に施しを与えるにように兜を差し出す。

 デュラハンの全身の中で最高の強度を誇るそれを真っ直ぐに。

 左右合わせて十本の爪を尽くへし折り黒き兜が赤い帽子とぶつかった。


「いささか優雅さに欠ける戦いだったね。首を刎ねなくてよかったのかい?」


 名前の由来である赤帽子ごと首から上を潰された妖精の亡骸を眺め感想を語るルフェイ。

 少女は銀の髪を揺らしながら闇の騎士に歩み寄る。

 戦いがもう終わったと勘違いしたのだ。


 赤い影が舞う。


「グル、ガアアアアッ!」


 それは両脚を刈り取られ血溜りの中でのたうっていた赤帽子。

 狙いはデュラハン――ではなくルフェイ。

 人間を侮蔑し憎悪する先祖の怨念が彼に最後の力を与えた。

 殺戮者の節くれだった指と穢れた牙が琥珀の瞳に迫る。


 一閃。


 黒い三日月が影を断った。


「これは”刈り取り”ではない」


 首級は無用。

 温かい雨が降り少女を濡らした。

 血の雫が伝う頬に浮かぶのは笑み。


「やれやれ。服が台無しだよ。騎士殿に甲斐性があることを期待する」


「…………他に言うことはないのか」


「はて? 騎士がお姫様を助けるのは当然のことだろう。ああ、感謝の証は少し待って欲しい。流石の私も心の準備がだね」


 恥らう演技がわざとらしい。

 死に掛けたというのに相変わらずなルフェイに呆れるデュラハン。

 感謝の証とやらに興味すら抱かず、兜や鎌の血糊を拭い払う。

 始末を終えた闇の騎士は、最後に転がる赤帽子の首へ遅過ぎた忠告をする。


「これは俺の獲物だ」

赤帽子の登場理由:『最後の一言を書きたかった』

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