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首なし騎士 拒否る

「おお! 首なし騎士に淑女を足元から見上げる趣味があるとは嘆かわしい。それとも騎士殿個人の好みだろうか? もしそうならば野外ではなく屋内で頼みたいね」


「はっ?!」


 ”死の宣告”を刻んだ獲物がとんでもない不良物件だったことに思わず己の首を落としてしまったデュラハン。

 だがその不良物件であるルフェイの誹謗中傷が、あの世に還りかけていたデュラハンの魂をこの世に呼び戻した。


 正気に戻ったデュラハンは、しかし再び意識を手放すことになる。

 大地から少女を見上げたあの世の使者は三度その美しさに見蕩れたのだ。


 日は完全に沈み。月光と星の輝きが城なし姫ルフェイを照らしている。

 星海に浮かんでいると錯覚する闇とそれを画布にした一瞬の芸術。

 満天に輝く星々を紡いだとしか思えない銀糸の髪。

 畏怖すべき真なる金色が沈むつぶらな琥珀の瞳。

 天を支える雪山の尾根のようにすっと延びる首。

 森妖精と見紛うほど何もない草原の如き胸。

 淡い緑の服の裾から伸びる白いふくらはぎ。

 その奥に秘められた……


 ガチョン。


 デュラハンの魂にルフェイの全てが刻まれる寸前、戦馬車に残されていた身体が首を持ち上げてしまう。

 普通の首なし騎士の場合、首が指示を出さなければ身体は動かない。だがデュラハンは数百年の研鑽の結果として首が離れた際は身体が自立行動できるようになっていたのだ。

 長年の努力はデュラハンの魂がこの世のものに奪われるのを寸前で見事防いだ。

 もっとも今後暫くの間、あの世の使者がこの世の生者に見蕩れてしまうとは! と何度も自己嫌悪に襲われるのだが。

 

「美しいものを愛でただけであって疚しいことなどない。そもそも俺が俺の獲物をどこから見ようが……」


 なんとか定位置に頭を戻したデュラハンは、己に向かって小声で言い訳をする。

 一応弁解が許されるなら首なし騎士が獲物の容姿に感じる情動は、人間が花や愛玩動物を慈しみ愛する感覚に近い。首級を刈り取るのも任務であるとともに美術品や工芸品の収集と類似する。

 もちろん首なし騎士と人間では完全に一致することは絶対にないのだが……


 つまり単純にそんな人外を虜にするほどルフェイが美しいのだ。


「なるほどなるほど。淑女の裾を覗き込むのは騎士殿個人の好みだったか。とても変態的嗜好だね」


 外見だけは。

 あるいはこの中身だからこそ最高の容姿を与えたのかもしれない。

 責任者出て来い、とデュラハンは人間が神と呼び崇拝するもの達を罵る。

 人間の神々――デュラハン的には信仰対象ではない――はほとんどが彼の主と敵対しているので悪口に遠慮はなかった。


「クルアハよ…………これは試練なのですか」


 夜空に向かって知る限りの神を罵倒したデュラハンは、彼の主であり親であり故郷であるクルアハの御名を称え心を落ち着かせる。


「おいおい。特殊な性嗜好をした首なし騎士殿、まるで私が厄介事のような物言いはやめて欲しいな。父を失い城を追われた憐れで悲しいお姫様だよ」


「俺はそんな特殊な性癖では無いっ!」


 そもそも性欲・食欲・睡眠欲、生者が持つ三大欲求が無い闇の騎士は身の潔白を訴える。

 怒鳴ることで再び熱を帯びてしまった頭を夜風に当てることで冷やすデュラハン。

 ルフェイの性格の残念さをデュラハンはより切実な問題に意識を向ける。


 最大の問題はこのルフェイという小娘――城を追われた少女を姫と評するのはデュラハン的に不許可――が不良物件なことだ。否、事情を考えれば事故物件というべきか。


 エルランド島に限らずこの世のほとんどの地で女性は、男性に庇護され支配され所有されるモノだ。

 故に父や夫など庇護する男性を失っただけなら適当な村に捨てれば、村の領主あたりが私物化してくれる。

 美しい女は、城や戦馬そして雄牛に匹敵する価値がある。

 過去には美女一人を巡って戦争が起こり国が滅びることもあった。

 ルフェイほどの娘なら一年後の”刈り取る”まで大事にされ、もし”死の宣告”が刻まれていることが知られても多くの騎士や戦士が彼女を守ろうと馳せ参じるだろう。

 いつの時代も、どこの世界でも怪物を倒し美女と結ばれるのは、武で身を立てんとする男達の究極の願いなのだから。

 更にエルランドでは己の武勇が吟遊詩人に謳われることは、国持つこと――王になる以上の名誉とされている。

 首なし騎士を撃退し美姫を娶る英雄譚――その主役になるために島中の騎士戦士が押し寄せるのは確実だ。


 普通ならデュラハンが悩む必要は全く無い。

 そう普通なら。


「うんうん。私をそこらの村に放り出したらあっさり殺されるよ。なにせここら辺一帯の領主は謀反人(あっち)についたからね。私が女じゃなかったら逆だったんだろうけど」


 ルフェイが琥珀の瞳で転がる首と亡骸を眺めながら嫌な現実を突きつける。

 そんな仕草一つとっても見蕩れそうになる自身を忌々しく思うデュラハン。


 ルフェイの言ったとおり命を狙われていることこそが厄介なのだ。

 謀反人とやらは前領主の娘が誰かに所有されるのが嫌なのだろう。

 人間は誰それの子だ孫だという血筋に価値を見出す。

 その理屈からルフェイの所有者が次の領主として相応しいということになる……らしい。

 正直、デュラハンには人間の理屈が正しく理解できない。親子の関係についてはまだしも、女は駄目でその所有者なら大丈夫とか理解に苦しむ。


「今はそんなことはどうでもいい。悩むべきはこの事故物件をどうするか……」


 騎士として可愛い姫を救うべきではないかね、と真っ当に聞こえるしかし自己中心的な意見は無視する。

 そんなデュラハンの苦悩を楽しそうに眺めるルフェイ。

 自分で解決しろと罵りたくなるのをデュラハンはぐっと堪える。

 この少女が他者の苦しみに愉悦を覚えてるのではないかと感じたのだ。

 大昔にデュラハンが謁見した隻眼の巨人王がこんな奴だった。

 デュラハンの心を読み取ったかルフェイは心外だと憂いを秘めた顔する。


「いやいや、それは違う。これでも民には優しいお姫様と慕われていたんだ。私が弄るのは『弱さは罪であり奪われるものが悪である』と嘯いて好き勝手する奴らだけだよ」


 コシュタ・バワーの鬣を優しく撫でる姿と発言に違和感しかない。

 尚、『弱さは罪であり奪われるのは悪である』とはこの島で王や領主の地位ある戦士が等しく教わる心得である。

 これは民や領地を守れない力なき領主には領主の資格が無いという意味なのだが、強ければあらゆる罪は許され奪うことが正義、と曲解するものがよく出るのだ。

 まあ、この島の為政者の倫理観は置いておくとして。


「……弄るって言い切りおった。この小娘」


 もしかして謀反を起こした奴はこの娘の邪悪さを悟って退治しようとしている勇者か英雄なんじゃないだろうか。

 人間に化け物と忌み嫌われ勇者や英雄に退治される首なし騎士であることは天高く放り投げ失礼なことを考えるデュラハン。


「悲しいな。乙女の服の中を覗き込む騎士殿になら理解して貰えると思ったのに」

 

 本性を知らなければ神でも騙せそうな泣き姿。

 だがデュラハンは文字通りの鉄面皮と無言をもって迎え撃つ。

 これは効果が無いなと察した城なし姫は涙を引っ込め話題を変える。


「そろそろここから離れないかい? 夜風は体に悪い。贅沢は言わないが温かい食事とぐっすり眠れる寝床が欲しいね」


「断わる」


 十分贅沢な望みを口にするルフェイと拒否するデュラハン。

 確かに日が落ちて時間が経ち風は冷えようとしている。

 十の半ば至らぬその身は絶望的に体力がない。

 デュラハンの見立てではルフェイの生存能力は犬のほうが遥かにまし。

 一人で近くの村まで辿り付けるかすら怪しい。

 だが一度願いを聞き入れたらそのまま次々と要求が増えそうだと斬り捨てる。


「おやおや。騎士として困ってるお姫様を見捨てるのかい? それは騎士道にもとるよ、首なし騎士殿」


 黙れ城なし姫、人間の騎士道などデュラハンは知らない。

 そもそも騎士とは馬に乗っただけの戦士のことだ。

 いつの間にか騎士は淑女に対して紳士的に振舞うなどを筆頭にごちゃごちゃ礼節が増えてるが、どれも人間たちがここ数百年に勝手に作ったものだ。

 まあ、最近の若い首なし騎士がその騎士道とやらに嵌ってしまうこともあるのだが。


 騎士道に嵌ってる同僚に保護を頼むか?


 一年間この小娘の面倒をデュラハンが見るというのは論外だ。きっと胃に穴が開く。首なし騎士に内臓なんて無いが……


「ちっ」


 だが考えが纏まる前に邪魔者が現れる。

 闇の中一つ、二つと蠢く影。

 夜を活動時間とする首なし騎士にとって昼間より夜間のほうが視界は良い。

 兜の中の紅い瞳は影の正体を看破する。


「赤帽子か」

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