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首なし騎士 首級を所望す

 眠りから覚め身体をほぐすルフェイの姿は小猫のようであり万民が顔を綻ばす愛らしさがあった。


「騎士殿の悩みの種――件の賢者は、モルガーナ家の追手だったわけか……いやいや迷惑な話だね」


 だがそれは小娘の中身を知らない者限定の美だ。

 多大なる被害を受けたデュラハンにとっては腹を空かした竜が覚醒したに等しい。

 否――上回る脅威だ。


 デュラハンは敵の攻撃を防ぐこと以外で――それすら稀だが――兜に感謝した。

 黒金に包まれた己の顔が盛大に引き攣っているはず。

 だが外見を繕うだけで安心するのは危険。

 怯えるな俺、逃げるな俺、小娘は恐れに忍び寄る! 恐怖をねじ伏せ留まる勇気を振り絞れ! と三日間の精神修練の成果を発揮し心の守りも固めるデュラハン。


 ルフェイのほうは、そんな無言不動の構えに徹する騎士を一瞥するとまだまだだね、と呟き吟遊詩人へ向き直る。

 昼の挨拶から帰還への喜びそして情報収集に対する感謝。

 領主代行を務めた小娘らしく手馴れた様子で淑女として義務を果たす。


 ふう、と安堵の溜息をつきながらその光景を眺める首無しの騎士。


 意図せずルフェイとの交流を深めているデュラハンだが最近ようやく分かってきたことがある。

 城なし姫は首なし騎士を以外の者へは礼儀正しい。

 しかしそれは上っ面だけ。

 形だけ整っていればそれで文句はあるまい、という態度が見え隠れする。

 おそらく隠す気もない。


 なにせ誰の前でも、あの世の使者であるデュラハンを面と向かって貶し嘲り弄る等、淑女という概念に真っ向から喧嘩売る行為をしている。


 『私は貞淑な乙女だよ』とか本気で主張したりしないだろう。


「賢者もどき様の名は……ロイン様ですか? ヨウトン家はモルガーナ家と繋がりの深い領主ですがロインという方のことは存じません。ただヨウトン家のどなたかが賢者の谷に招かれたというお話は聞いたことがありますわ」


 ルフェイはデュラハンには決して向けない鉄壁の笑顔と乙女らしい言葉使いでフェイクトピアとモルガーナ家の追手について情報交換していた。

 可憐な容姿を考えれば穏やかで慎ましい態度は相応しく思えるはずなのだがどうも据わりが悪い。

 はっきり言って不気味で気持ち悪い。

 ではチクチク痛いところを突いてくる小娘が良いかと言われればそれはそれで御免被る。


 デュラハン大雑把に六千歳、難しい年頃であった。


「ロイン卿御本人は『ウーザーの禿親父死ね』『賢者の谷に戻りたい』などやる気はあまり無いそうですぞ。剣の腕も皆無。騎士になったのはつい最近と賢者の力を除けば見習い騎士にも劣るでしょうな。ただ筆頭騎士だからか率いてる戦士たちはそれなりに言うことを聞いているそうで……」


 首なし騎士が口にしたらボロ雑巾にされるようなこと考えている間も賢者もどきについて――個人情報も含め赤裸々に語られていく。

 上司部下の関係や就労意欲の有無などなど、どうやって調べたのやらと呆れてしまう。

 そしてその情報を邪悪なる怪物――首なし騎士の前で平然と披露する二人の人間にも。


 騎士に戦士に領主たち――人と人が殺し合うのがこの島の日常。

 同種だから大切などという思想は賢者ぐらいのものだ。

 それでも首なし騎士は人間という種の明らかな敵。

 今二人が話した内容だけでデュラハンの中では既に八割がた賢者もどきの駆除方法が決まりつつある。


 こいつらそれを理解しているのか?


「うん? 私と騎士殿の仲を引き裂こうという邪魔者に何を遠慮する必要があるんだね」


「我輩も面白そうな楽材が見れるなら躊躇しませんぞ。流石に本物の賢者様でしたら少し悩むふりぐらいはしますが」


 何故かデュラハンへ自己中心的な主張が飛んでくる。

 無言不動の構えが破られた。

 首なし騎士の中で二人に対する読心術習得疑惑が深まる。


「「顔に出てるよ(ますぞ)」」


「馬鹿な」


 唸るデュラハン。

 二人とも首筋は正常――嘘をついていない――だ。

 首なし騎士は少なくとも見える範囲は鎧で覆われている。

 そして兜も兜も脱着不能――身体と結合している。

 正しくは身体そのものであるのだ。

 文字通り鉄面皮。

 そこに感情などが浮かぶわけが……


「いやいや。兜の影とか視線の方向なんかに露骨に出てるよ。寧ろ感情を隠す気が無いからか分かりやすいほどさ」


「我輩が聞くのは声や身体の揺らぎですな。人は呼吸や胸の鼓動に感情が乗りますが、首無し卿の場合は逆に反応が無いことから……」


「もういい黙れ」


 また一つ己の欠点を知り不機嫌になるデュラハン。

 これまで人間と関わるのは長くて一晩だけだったためこんなことはなかった。

 来年度以降の課題として兜に刻んでおく。


 そう、来年だ。

 今は近くに潜む賢者もどきが優先される。


 たった一人の賢者ならざる賢者。

 本音を言えば大猪の群を相手にする覚悟を決めていたのに実はウリ坊一匹という肩透かし。

 だが――


「賢者を脱落した騎士もどき……ロインよ首を洗って待っているがいい」


 ここ数日に渡る精神的な苦痛に対する損害賠償請求のため動き出す。

 具体的には首級、それ以外にない。


 まずは――デュラハンの眼差しが詩人を貫く。


「? なんですかな?」


 瑣末だが賢者以外に気になっていたこと確認をする。

 フェイクトピアは少し考えた後、心当たりがあったのか追手が連れていたという存在について話した。


 こちらを的確に追跡できた理由はそれか、と納得した首なし騎士は楽しい楽しい残業を開始する。


「さて狩りの始まりだ」

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