首なし騎士 優雅に小粋に錯乱す
「弾劾? ルフェイ嬢が賢者から……?」
目を真ん丸にして驚いているのは吟遊詩人のフェイクトピア。
『小娘が賢者に弾劾されてるという話はあるか?』という問いへの反応だ。
デュラハンとルフェイの話し合いを聞いていれば予想できる質問のはずだが、どうも作詞に耽っていて聞いていなかったようだ。
演技かとも思ったが騙す理由もないので本当に聞いていなかったのだろう。
何かに集中すると他の事が一切耳に入らない者はいるのだ。
かく言うデュラハンも同類だが指摘できる者は全員あの世だ。
「うむむむ……確かにモルガーナ家については賢人会議では度々議題に上がっていたと聞き及んでいますぞ。
何せ大領主ですからな噂の数もそれなりになりますれば……ゴホン!
曰く、家長の血の気が多過ぎる。
重税を誤魔化そうとしている。
大陸と密かに約を結んでいる。
王妃に暗殺者を送った。
周辺のお家騒動は領主代行の暗躍だ。
領主の奥方は女巨人だ。
一人娘は妖精の取替え仔。
夜な夜な若い娘をクルアハに捧げている。
領主には秘密の愛人がいる……」
まあ、それでも噂話と歌を飯の種にする――村々で演奏して食事をたかる吟遊詩人。
正面から話を請えば口を閉ざしはしない。
目の前にそのモルガーナ家の領主代行だったルフェイがいるというのに躊躇することなく噂――ほぼ悪口をぺらぺらと話し出す。
その内容のほとんどはどんな領主家でもある珍しくもないものばかり。
デュラハンが獲物の身辺調査をするときも定番というかお約束みたいに聞こえてくる。
だがあの世の騎士が知りたいのはより明確な一言だけだ。
「もう一度訊く。小娘は弾劾されているのか? いないのか?」
「おっと!」
百の噂より一つの真実。
終わることなく嘘か真か怪しい戯言を吐き続ける吟遊詩人に大鎌突きつけ会話の効率化を図るデュラハン。
太陽が昇って少々機嫌が悪いのだ。
「首なし卿、いきなり結末だけ求めるのは無粋ですぞ」
鎌を皮膚一枚分進める。
「あー! あー! 我輩、結末だけ話したくなりましたぞ! 今すぐ話しますぞ!」
「初めからそうしておけ」
「それでは物語が盛り上がりませんからな。ルフェイ嬢への猜疑心の一つでも仕込んだ方が後々面白い展開が見れそう――鎌! 鎌、刺さってますぞ!!」
「……いいから喋れ」
唄さえ創れれば何でもする詩人の悪癖に辟易とする首なし騎士。
今こうして韜晦しているのも何か狙いがあってのことかもしれない。
それでもこれまでルフェイのよこしまな感情の犠牲になってきたデュラハンは多少の中傷など気にも留めない。
どうせほとんど出鱈目……
「うんうん。流石、賢人会議いい情報収集能力をお持ちのようだ。まあしかし……まだまだかな? あれとこれはばれてないみたいだし」
……小娘がなにかほざいている。
今後の任務に影響しそうだから問いただすべきか?
いや、優先すべきは吟遊詩人のほうだ。
「さあ話せ吟遊詩人。主に俺の心の安息のために」
任務第一忠義の騎士は、着実にこの世に毒されつつあった。
蹄がパカポコパカポコ大地を鳴らす。
「不機嫌そうだね。騎士殿」
暇なのか毛織物を座布団代わりに寛ぐルフェイが戦馬車を走らせるデュラハンに向かって声を掛けてくる。
首なし一行は、野営地から再び移動を開始していた。
方角は東、目的地は――ない。
賢者を含む追手(推定)から距離を取るための、つまりは時間稼ぎの移動だ。
デュラハンに脅されたフェイクトピアは『吟遊詩人が物語に出しゃばり過ぎるのはちょっと』などとごねつつも己の知る情報を吐いた。
青の詩人曰く、ルフェイ個人が賢人会議の議題に昇ったという話は聞いたことはないらしい。
ただし――『数日前まではと条件がつきますが』と前置きを添えて。
デュラハンたちに張り付いていたので最新の事柄については断言できないとのことだ。
推測や予断を交えない姿勢は、堅実を第一とする首なし騎士としては好ましい。
結局、詩人から小娘を人間に預けて問題ないのか確信は得られなかった。
「私を信じて欲しいな。賢者様に命を狙われるような失敗をしたつもりはないよ。ふふふふふふ」
おまけにルフェイの怪しげな態度がデュラハンを惑わす。
賢者の影響力を考えれば最悪島の全ての人間が小娘の敵に……張り付いている吟遊詩人たちも警戒すべきか? 今も俺と小娘を罠に誘い出すために同行している可能性も――デュラハンは勝手に悪いほうへ悪いほうへと思考を巡らせる。
――齢六千年超えようが、獲物を追いかけ首を刎ねることしかしてこなかったあの世の騎士は、殺人や戦闘以外に対する能力がかなり残念だった。ほどほどで諦めたり『俺の知ったことか!! こんな仕事辞めてやる』と吹っ切ることができないのだ。
「うんうん。悩んでばかりだと身体が持たないよ。楽しいことや好きなことを考えてみたらどうだい?」
「……元凶の貴様が何を言う」
「私を選んだのは騎士殿だろう? 責任転嫁は騎士らしくないな」
己の失敗だと自覚があるデュラハンには言葉も無い。
「クルアハよ、クルアハよ。俺は……」
「趣味は神への祈りかい。騎士というより賢者や魔女っぽいね」
「貴様の首級を今すぐクルアハに捧げられたらどんなに楽しいか……」
ポロリと本音が漏る。
カチャ……
己の言葉が呼び水となったのか大鎌”忌わしき三日月”を握る手に力を込めるデュラハン。
意気揚々と常夜の森を出立したというのに即日計画破綻。
次から次へと発生する問題の数々。
先の見えない将来への不安。
人格に難のある獲物。
究極至高の首級。
白いうなじ。
騎士の心に魔が差す。
「もう……いいよな?」
虚空に許可を求めるデュラハン。
尋常ならざる騎士の様子にルフェイも琥珀の瞳を見開く。
「おっと! 落ち着こう騎士殿。短気はいけないよ。ほらほら楽しいことや夢を語り合おうじゃないか?」
「貴様の、貴様の首級を天辺にしてこの島の人間全ての首級を積み上げたい」
「おやおや、末期だ。他に何かないかい。騎士殿?」
心の中に浮かんだ光景を素直に告げるが末期とか言われた。
首なし騎士に”刈り取り”以外何を求めるこの小娘は。
「最早これまで是非も無し。貴様を殺して貴様も殺す……!」
「うんうん、見事に錯乱してるね。遊び過ぎたかな? これだから仕事馬鹿は…………私が言えたことじゃないか」
「錯乱? 俺は正常だ。優雅で小粋な首なし騎士だ」
死の刃が迫ってもルフェイは逃げない。
そもそも走行中の戦馬車の上だから逃げる場所もない。
首なし騎士の戦馬車に三食昼寝付のぐーたら空間を作ったのが貴様の過ち。
もう少しあの世の使者の精神状態に優しい獲物であれば長生きできたものを。
「待て待て、命乞いじゃないが私の首を刎ねてそれからどうする?」
小娘の問いに大鎌が動きを止めた。




