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姫 はぐらかす

「そんな…………私が禁忌を犯すような人間に見えるかい? 心外だね。騎士殿」


「――見える」


 ルフェイは、己の愛らしい笑顔に誤魔化されなかった首なし騎士の変化に口角を上げた。

 出会ったころのルフェイの容姿にあっさり騙される騎士殿も良かったが、この十日ほどで荒んでしまった騎士殿も好ましい、と感じているためだ。

 特に純粋だったあの世の御使いがこの世の毒に侵されていくのが堪らない。 


 ――どうすればもっと彼を楽しめるだろうか?


 加虐嗜好に浸る城なし姫に首なし騎士は眉庇(まびさし)の奥で赤い幽火を燃やす。


「何を笑っている? 状況が分かっているのか小娘」


「ああ、ああ、もちろん理解しているさ。騎士殿」


 黒い兜から響く不機嫌な声がルフェイの精神を正気へと引き戻した。

 いろいろ漏れそうになるのを――乙女の矜持を総動員して堪え、何事もなかったように話を合わせる城なし姫。


「しかししかしだ。私は賢者様に諫言を受けたことはないし、禁忌を犯したと弾劾されてたことも同じくない。それに既に領主代行を辞めさせられた身だよ? 今更私を断罪しても意味がないさ」


「嘘は言っていないようだな。ならば何故賢者が……」


 ルフェイの自己弁護を不承不承認める首なし騎士。

 そのまだまだ甘っちょろい闇の住人の姿をルフェイは琥珀の瞳を細め眺めた。



 この数日で城なし姫は、首なし騎士が虚偽の看破や尋常ならざる感知の力を持つことを把握していた。


 もっともほとんど生かせてないっぽいけどね、と口には出さず心の中だけで笑う。


 そして相手の心理は読めても思考までは読めないことも。

 つまり騙すことは難しくても勘違いさせることは容易なのだ。この騎士は。


 先ほどルフェイは『自身が賢者に直接諌められたことは無い』と弁解したが、実のところモルガーナ家自体は幾度も賢人会議――賢者たち組織で合議制で運営される――から勧告を受けてたりする。

 内容は、無闇に決闘や戦をするなという先代領主にしてルフェイの父親であるルーサーの所業についてのものだ。


 この島において騎士決闘は季節の風物詩の感もあるが兎に角ルーサーはやり過ぎた。

 どこぞで新領主が就任したと聞けば首を切り落とし、あっちで領地争いがあると聞けば両者ぶちのめす。

 無体な略奪や麦畑に火を点けるなどの悪行はしなかったが、一時的にでも領主がいなくなればその領地は荒れる。

 間接的領民を虐げることになるということでもう少し控えろと苦言が呈されたのだ。


 また自領――モルガーナ家も度重なる遠征で特別戦時税を掛けたりもした。

 ルーサーが決闘に勝利して戦利品を持ち帰るとはいえそれも戦勝祝いの宴や従軍した戦士たちへの褒美として消えていく。

 戦が苦手な家臣――ああ、謀反を起こしたのもそいつ等だったか――とともに財政が破綻しないようにと何度徹夜したことか。


 他にもルーサーの留守中、近隣の領主が侵略の準備を進めていると情報を掴んだ時は、その領主の弟が謀反を計画していると噂を流してお家騒動を起こしたりもした。

 その謀の才が謀反人ウーザーにルフェイ暗殺を決意させた一因なのだが本人に自覚は薄い。


 なんにせよ賢者が弾劾するならルーサーのはずだから私は悪くない、と責任転嫁を終えたルフェイは真面目ゆえに頭を抱え悩む己の騎士へと意識を戻す。



「小娘をどこかに預けるのはまだ可能か? しかしもし賢者が追手にいるならば領主たちは小娘を差し出すかもしれん……不確実な手段をとるわけには……」


 騎士殿は謀反人以外の人間はルフェイを救おうとするはず、という大前提が崩れる可能性にかなり参っているようだ。

 任務達成に拘るというよりそれ以外に存在理由が無いあの世の使者は、ルフェイが心配になるくらい追い込まれていた。


「騎士殿を退治するために賢者が派遣されてその中に未熟者がいただけじゃないかね? 本番前に試し撃ちをしたとか」


「そんな愚か者が俺を倒すために送られてくるものか。それとそいつらが雷を招いたのは赤帽子どもに襲われたからだ。気配が接触してから雷鳴が轟いた」


 城なし姫がかなり真実に近い推測を口にしても聞く耳を持たない。

 明らかに首なし騎士は視野狭窄に陥っている。

 知り合い――というか共にルーサーの無軌道で放埓な振る舞いに振り回された同志である禿げ頭の家臣もよくこうなっていた。

 今頃、ルフェイが中々死なないことに首ない騎士と同じよう苦悩していることだろう。


 まあ、領地のためにも頑張って生きて欲しいものだ。前領主の娘を暗殺しようとしているという悪評を吟遊詩人に唄われ大変だろうだけどね。


 責任感があるのかないのか自身ですら判別できない感想を元家臣に送り――


「……あ」


 そこで唐突に声を上げてしまうルフェイ。

 正しくはうかつにも上げてしまっただ。

 首なし騎士の悩みを解決する手段を思いついてしまったのだ。


「なんだどうした小娘? やはり賢者に狙われる心当たりがあるったのか」


「いやいやないさ。なにもないよ」


「ならば何故慌てている。……何かあるな。何に気が付いた小娘? 首筋が語っているぞ『失敗した』と。『隠したいことがある』のか?」


「…………」


 ギロリと音が聞こえそうな勢いでルフェイの首筋を覗き込み問い詰めてくる首なし騎士。

 ルフェイは内心を隠し微笑むが追撃は収まらない。


 これでは騎士殿を甘いと馬鹿にできないな、と反省するが後の祭りだ。


「騎士殿、騎士殿。誤解しないでくれたまえ。私に後ろめたいところなど欠片もないよ」


「嘘だな」


「本当さ。信じてくれたまえ。先ほどのはあれだよ。少し思いついたことがあってだね」


 このまま無言を通しても無駄だと考えたルフェイは、自身でも胡散臭いなーと思える声音で騎士を丸め込もうとする。

 下手な嘘は、信頼関…は初めからないね。対立を深めるだけ。

 これから一年たっぷりと味わい弄り骨の髄までしゃぶるためにもやり過ぎはいけない。

 どちらかというとルフェイは騎士とは仲良くしたいのだ。

 苦しむ様を面白おかしく観賞するために。

 

 それに首筋を見れば嘘が分かる首なし騎士に疑われて騙しきるのは難しい。


 焦る必要は無い、ルフェイは左手薬指に刻まれた”死の宣告”を撫でながら己に言い聞かせた。


「思いついただと?」


「ああ、そうだとも。騎士殿が気にしているのは私が賢者に弾劾されているかどうかだろう? それなら確認すればいい。ルフェイ=モルガーナが討たれるべき悪かどうかね」


「確認する? どうやってだ。賢者を生け捕りにでもする気か?」


「いやいや、もっと簡単さ。この島の全ての噂を司る人間に聞けばいい」


 息がかかりそうなほど至近に近づけられた漆黒の兜へ提案しながら視線をすぐ傍の人物に向ける。


「ん? なんですかな? お二人とも我輩のことは気にせず愛の語らいの続きをどうぞ。禁断の恋物語は需要が高いですからな。百年ほど前にも首なし騎士ととある王子の知られざる愛の逃避行が……おっと、この話は賢人会議が禁止令を出してましたな。今のはお忘れください」


 注がれる視線には、姫と騎士のやり取りを謎の恋物語に再構成していたフェイクトピア。

 その言動に相応しく職業は吟遊詩人。


「ああ、なるほどな」


「そう、なるほどだよ」


「はい? なんですかな?」


 騎士と姫が再び視線を絡ませて頷く。

 知りたいことがあるならばこの島一番の情報通――吟遊詩人を使わない手はなかった。

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