辞め賢者 憂鬱
「ちっ! 釣れたのは首なし騎士じゃなくて赤帽子てっか」
舌打ちし思惑が外れた叫んでいるのは、”やめ賢”ことロイン=ヨウトンである。
ルフェイ暗殺の命をウーザーより下された彼と配下の戦士たちは、とある手段にて早々に標的であるルフェイ一行を見つけていた。
ロインはルフェイと吟遊詩人そして首なし騎士が川原で野営をしていることを確認すると、はやる戦士たちを説伏せ、野営地から千ウォーク――エルランド島の距離の単位で一ウォークが大体成人男性の身長程度――以上離れた場所に落とし穴を掘らせた。
賢者の修行をしてきたロインは、普通の騎士や戦士と異なる考え方をしている。
首なし騎士がどれほど理不尽な存在――この世を闊歩する天災だと、師匠に教えられていた。
だから”やめ賢”の青年は、誇りや名誉に執着しない。
罠で首なし騎士の動きを一瞬でもいいから止め、その隙に標的の琥珀姫だけを殺すという手段を当たり前のように選択したのだ。
このロインのやり口、吟遊詩人が聞けば『それは盛り上がりに欠ける』『正々堂々戦いましょう』と抗議が殺到するだろう。
更に言うなら武器を持たない者や戦馬車の脱輪などで戦えない状態にある敵を攻撃するのは、決闘や一騎打ちが盛んなエルランド島では非英雄的行為に分類される。
だが『暗殺に英雄なにもあるか』――ロインは躊躇しなかった。
そしてロインが指示した落とし穴が完成。
後は理外の超感覚を持つという首なし騎士に此方の存在を気づかせて罠に誘導、ルフェイ姫が一緒なら落とし穴にかかったところで姫様だけ狙い殺せれば撤収。
首なし騎士がルフェイ姫を野営地に残すならロインが首なし騎士の足止めをし戦士たちに姫を殺させる。
単純で効果的な作戦のはずだった。
しかし師匠から聞いた話なら首なし騎士に見つかるだろう距離まで接近したのに動きがなく――流石に人間の少女に脚を抱え込まれて動くに動けないとは思わない。
ぐだぐだしている間に旅人を襲う邪悪な妖精――赤帽子が近くまで寄ってきたことでロインは作戦を失敗と判断。
部下たちと共に虎狼の口から脱さなければならない羽目に陥っていた。
「うっひゃーーー! おっかしーなー? 師匠の話だと、首級を挙げることしか、はあ、眼中にない殺人狂って、はあ、話なのに」
「坊ちゃん早く逃げてください! 悩むのは後でもできます! 赤帽子はすぐそこまで来てます! 来てます!!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ殺される!! ロイン様! 賢者のお力でなんとかしてくださいよッ!!」
「賢、者ってのは、そこまで、万能じゃ、はあ、ないんだよ!」
捻れた小枝のような手足を振り回しロインたちを追いかけてくる赤帽子その数、十余。
真っ赤に塗れた頭と十本の鉤爪は、とても友好を求めているようには見えない。
こちらもロイン込みでほぼ同数だが全員並程度の戦士だ。
鎖帷子を容易く切り裂く邪悪な妖精相手に真っ向勝負で勝てる戦力ではない。
では走って逃げ切れるかというと寧ろ最初より距離を詰められていた。
平原とはいえ夜に松明片手、こけたら即死が待っている――走るにはあまり適した状況ではない。
幸いなのは赤帽子がいつでも追いついて殺せるのに苦しむ姿を楽しむためか、全力を出していないことだろう。
「あああああああ! もう! 賢者になってればこんなことにはっ!!」
賢者――王の選定や国の方針に介入できるほどの権威を持つエルランドの影の支配者。
その偉大なる存在に後一歩で成り損ない命も危うい現実を罵る。
だがロインは諦めてはいない。
体力が尽きる前に目的地に着けるよう祈りながらロインは走る。
あそこにさえたどり着けば彼の奥の手が活かせるし、ウーザーから預かった切札もいる、と自らを鼓舞するロイン。
命を賭けた追いかけっこが続き――
「もう! はあっ、クッ、そろそろ、だな」
「ロインの旦那! 早く走ってくれ! あんたが一番遅いんだ! 先頭走るなよ!」
「どうせ死ぬなら豚の丸焼きを喰いたかったああああああああああああああああ!!」
いよいよ錯乱しはじめた部下たちの抗議を背にちんたら走っていた――ロインとしては全力――”やめ賢”は目的地が見えてきたので一言叫ぶ。
「落ちるなよっ!」
そして――跳躍。
赤帽子に追われ無我夢中だった部下たちも、ロインの叫びで思い出した”それ”を踏まないよう跳躍。
「「「ギャン?!」」」
そして人間を切り刻むことだけを考えて突っ走っていた赤帽子たちだけが、”それ”――首なし騎士用に準備されていた罠に引っ掛かる。
落とし穴。
子供の悪戯に使われるようなちゃちなものではない。
首なし騎士の戦馬車を滑落させ足止めするため、幅と深さを持たせた溝や堀に近い。
しかも隠蔽用に敷物を被せ雑草まで植えた念の入れよう。
それに愚かな赤帽子たちは一塊となって穴にはまり込む。
「やっ、やった!」
「た、助かった」
「ロイン様! ただ逃げてるだけかと思えば……さすが賢者に成り損なったお方だ!」
「や、やっぱり賢者に成り損なったお方は違うな……」
「うほーーー! 痺れる! ロイン様抱いてっ!」
「成り損なった、言うな! それ、より! どけっ!」
作った罠の位置も忘れて走ってた部下たち――全員男――がロインに向かって賞賛の声を上げた。
ロインは、悪口だろと賞賛に応じつつ穴の淵に這うように駆け寄る。
「ギャルル」「ア! ジャザジャ」「グレ、ミー」
赤帽子は、妖精は落とし穴に落ちたぐらいでは死にはしない。
戦馬車を落とす程度の溝はその気になれば飛び出ることができる。
それほど人間と妖精とでは基本的な身体能力に差があるのだ。
だからここで仕留める、と溝の中で悠長に頭を振っている赤帽子たちに貧弱な腕を伸ばすロイン。
「全知全能万能たる神の王! 僕は天地貫く神鳴りを求める! ルダーナ!」
ここではないどこか。
いまではないいつか。
常若の国へ去った偉大な存在を讃え願う祝詞。
瞬間――巨人が天を掴み大地に叩きつけたような轟音とともに世界が白く染まった。
「「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 目が、目がぁ~!」」」
ロインの指先から迸った雷光に叫んでいるのは彼の部下たちだけ。
歪み穢れた妖精たちの声はなかった。
嘗て袂を別った同族へと解き放たれた万能の妖精王ルダーナの力が、断末魔すら許すことなく赤帽子を地面に焼けつけられた影だけを残し消滅させたからだ。
「あー悪い。目を閉じろって言い忘れた」
目を抑えのた打ち回る戦士たちの姿に髪を掻くロイン。
名ばかりの筆頭騎士の”やめ賢”ロイン。
彼が配下の戦士たちに一応指揮官として認められている最大の理由。
ほぼ賢者の修行を終えていた彼は、王にすら勝るという権威の根源を学んでいた。
古の妖精王ルダーナの助力を願う術だ。
島の民に奇跡と讃えられ、大陸では魔術と恐れられる偉大なる力を行使する者。
しかし間違いなく賢者の片鱗を見せた若者は憂欝な顔をする。
「……やばい。首なし騎士にばれたよなこれ…………はあ」
雲のない夜に轟く雷鳴――対峙する前に賢者がいるという情報を相手に与えてしまったことに肩を落としていた。




