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首なし騎士 笑う

「俺らしくもない。獲物の外見に目が眩むとは……不覚」


 デュラハンは此度の顕現を振り返り反省点を洗い出した。

 六千年以上の職歴を誇る闇の騎士は己の失敗を素直に認めることができる。

 失敗を誰かの責任にしたり、失敗自体を無かったことにはしない。

 そんな無様な真似は未熟の証拠とすら考えている。


 ――それに”死の宣告”を刻む前に少女が害されようとしていることを知ったとしても、あの獲物を諦めることはなかっただろう。


 また多少傷ついた自尊心についても、


「戦争による獲物不足が俺の心を惑わせた。戦争とは罪深きものだ」


 と適当に慰め完結させる。

 大切なのは今後同じ失敗を起こさないこと。


「コシュタ・バワーよ。礼を言うぞ。お前達のお陰で良い獲物に出会えた」


 そして成功の賞賛は相棒たる首なし馬達に。

 稀なる美を誇る少女に”死の刻印”を刻めたのはコシュタ・バワーの功績。

 害虫も大事になる前に駆除完了――獲物を横取りしようとした戦士達へのデュラハンの認識はそんなものである。

 首を刎ねられた戦士達が生きていた『そっちが横取りしたんだろ!!』と指摘したかもしれないが全員あの世に逝っている。


 終わり良ければ全て良し。


 獲物不足の状況を考えれば最良の結果だ。

 後はあの世に戻り”刈り取り”のときを待てばよい。


「いやいや。己の過ちを素直に認め。馬にさえ礼を尽くすとは随分と騎士道精神溢れる首なし騎士だね。驚いたよ」


 だが綺麗に纏まった話を蒸し返すものがいた。

 馬首を翻そうとした闇の御者に話しかけたのは件の少女。

 デュラハンの言動を面白い見世物だったと軽く拍手までしている。

 不遜で高慢な少女の態度にデュラハンは眉を顰めた。


「ただ私としては、私の美しさに惑わされたのが過ちと言って欲しくないかな。これでも傷つきやすい年頃だから」


 銀髪を夜風になびかせる少女は、戦馬車の上から見下ろすデュラハンに対してまるで対等かそれ以上の存在として振舞う。

 己が首なし騎士の獲物に選ばれたことを理解してないのだろうか、と考えたデュラハンは直後に否定する。

 なぜなら少女が琥珀の瞳で左手薬指に刻まれた”死の宣告”――蛇のように巻き着く紅い印を珍しそうに眺めているからだ。

 そればかりか、


「うんうん。これが”死の刻印”か。クルアハの名を称えていたことといい本当にあの世の使者なんだね。どうしよう恐怖で胸がどきどきしてきたよ。首なし騎士殿」


 と言葉とは裏腹な笑顔でデュラハンの存在を正しく評す。 


 デュラハンは若い娘に”死の宣告”を刻んだことはそう多くない。六千年の間に百回程度だ。

 その少ない経験の中で殺害予告をされた直後その下手人に向かってこんな親しげに話しかけてきた娘は一人もいなかった。

 いや、全ての獲物を探してもここまで冷静だったのは何人いただろうか。


「何者だ。答えよ娘」


 闇の御者は問う。長年の勘が激しく告げていた。


 この娘は奴らと同じだと。


 白の賢者、黒の魔女、青の詩人、虹の騎士、影の戦乙女――デュラハンの名を高め貶め知らしめた過去の傑物達の同類だと。

 後ろで手を組みながらデュラハンと彼の乗る戦馬車を興味深げに観察していた少女はようやく聞いてくれたかと顔を上げる。

 背中から熔けた銀のように髪が零れ落ちた。


「ふふん。私の名はルフェイ。ルフェイ=モルガーナ。レンスター王国の大領主だったルーサー=モルガーナの長女にして君に心を奪われた乙女だよ。ああ、安心してくれたまえ許婚はいない」


 堂々と恥らうという器用な真似をしつつの芝居がかった自己紹介。

 僅かに赤くなった娘の首筋がデュラハンの狩猟心を刺激する。


「大領主の娘か」


 溢れ出す首を刈り取りたいという欲望を克己心で押さえ込むデュラハン。

 表面的には何事も無かったように繕い獲物の価値を吟味する。


 レンスター王国とはデュラハンと娘がいる一帯、エルランド島の南部を治める国だったはず。

 そこの大領主の娘ということはデュラハンの予測が正しかったことになる。

 また首なし騎士について正しく知っていることもそれを裏付ける。

 書物どころか文字すら普及していないこの島で正しく多くの知識を得ることができるのは一握りの人間だけだ。

 幾人もの吟遊詩人から伝承を聞くことができる王や大領主の家族に街の有力者、賢者の谷に集う学究の徒。


 すなわち真正の姫。


「クルアッハハハハハハハハハハハハ!!」


 常は住居や家族関係、財産まで丁寧に調べた上で夜の寝室へ訪問するデュラハンは”死の宣告”を刻んでから獲物の正確な価値を知るという体験に未知の喜びを味わう。

 それは真面目な人間が初めての博打で大勝ちしたのに似た甘い快感。


「おやおや。そんなに喜んで貰えるとは、私も嬉しいよ」


 殺された戦士達の首が、亡骸がいくつも転がる中心で。

 撒き散らされた血は下草を赤く染め、その臭いは風を侵している場所で。

 殺し合いに慣れた歴戦の勇士ならともかく初陣の若戦士は嘔吐してしまうような惨状の地で。


 騎士と姫はともに喜び笑う。


 両者の笑声は、やがて片方が小さくなっていき途絶える。


「なぜ笑う。狂ったか」


 先に平静を取り戻した人外の騎士は、酸鼻を極める光景を意に介さない獲物に違和感を覚えた。

 いくら傑物でも死と恐怖の具現たる首なし騎士に殺害を予告されここまで余裕があるのはおかし過ぎる。

 デュラハンの価値観的に心も体も脆弱な若い娘ゆえ現実を認められず狂ったのかと思ったのだ。

 偶にいるのだ。『自分は”死の宣告”を刻まれていない。首なし騎士に出会ってない』と思い込もうとする人間が。

 

「狂う? 安心したまえ私は正気だよ。君よりも、この島の誰よりも私達の関係を深く深く理解している。親愛なる騎士殿」


 うっとりと微笑むルフェイにデュラハンは兜の中で顔をしかめた。


「クルアッハ……なんということだ」


 首なし騎士と親密な関係になったと錯覚する狂い方だと理解したからだ。

 これはいろいろと面倒な事態が予想される。

 予想される問題は、獲物が刈り取られることを認めないため迎撃の準備がなされず、護衛の戦士――追加の首級が手に入らない。

 他にも傷病人を専門とする同業他者が『この人間はこちらで貰います』と横取りなどなど。


「面倒だがまずは家に送って家族に詳細を伝えるか。一年間健やかに過ごさせるように注意して。バンシーなどの同業他者を近づけないことの警告も必要。多く護衛を集めるため吟遊詩人が便利だと助言しなければ……」


 生者を”刈り取り”六千年。

 首なし騎士の中でも抜きん出た経歴を持つデュラハンは、冷静にこれからなすべきことを指折り数えていく。

 この姿を彼の同僚の首なし騎士が見たら流石最古参と称えるか、そこまでして首級が欲しいかと呆れるだろう。


「騎士殿騎士殿。すまないがそれの配慮は無用だよ。私は正気だと伝えたはずだが?」


 戦馬車の縁に頬杖をつく少女は全然すまなそうではない。

 やはり異常だ。馴れ馴れし過ぎる。


「私の両親は既に亡くなっている。それに私を守ってくれるはずの騎士達も……もういない」


「どういうことだ?」


 少女の服装は明らかに領主以上の子女のものでしかありえない。

 貴重な金銀の装飾品を身につけていることから大領主の一族なのは先ほど娘も認めていた。

 何人もの侍女に身の回りの世話をさせ外を歩くにも護衛の戦士がつくような立場のはず。

 そこで首なし騎士は矛盾に気がつく。


「いや――待て。どうしてお前は命を狙われていた。そしてなぜ一人なのだ護衛はどうした」


 獲物不足の原因、戦争、出会ったときの状況、高貴な血筋の娘、白馬の王子様との配役間違い……今日この世に訪れてからの諸々。

 デュラハンは現状についてとてつもなく面倒且つ厄介な事態に巻き込まれている可能性に思い至ったのだ。


「聞きたいかい? 首なし騎士殿」


 とてもとても嬉しそうに琥珀の瞳を輝かすルフェイ。

 本当は聞きたくないがデュラハンは仕方なく左手の兜を上下させる。

 少女は兜に隠されたデュラハンの表情を想像しているのか笑み浮かべた。


 それはいつでもどこにでもある話とルフェイは前置きし語る。


 琥珀の姫は女神モルガンに祝福された領主の娘に生まれる。

 だが家族より戦を愛した領主は女神ヴァハに魅入られ戦場に。

 誰よりも勇敢であった領主は女神バズヴの抱擁を授かる。

 父が喜びの原に旅立ったことに嘆く琥珀の姫。

 悲しみの姫に迫る謀反人の魔の手。

 忠義の戦士を犠牲に逃げ延びた姫は黒馬の騎士に助けられた。

 

 つまりルフェイは戦馬鹿――話に出てきた三女神は全て戦争を司る――の父親が戦死して、姫は姫でも城なし姫。追加の首級どころか一年間生き残ることさえ困難な御立場ということだ。


「自慢ではないが私はどこに出しても恥ずかしくない深窓の令嬢様だよ。ここまで逃げてこれたのが奇跡だね。いやはや一年間私を生かすことができるかな?」


 首なし騎士の腕から兜が零れ落ちる。


「よろしく頼むよ私の騎士殿」

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