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首なし騎士 宣言す

 明るい日差しの中、緑の平原に馬が地を蹴る音が響く。


 エルランドは命の季節を迎えていた。

 春風は草の匂いと温かな空気を運び。

 農民たちは種蒔きの準備に土を耕し。

 白詰草は食むため放たれた家畜が歌う。

 小鳥は木々を舞台に求愛の踊りに励む。

 そして――


「太陽なんて地に堕ちろ」


 超過勤務の首なし騎士は、天に座すお日様を仰ぎ呪いの言葉を吐いていた。



 

 戦馬車を駆って魔女の庵を旅立ったデュラハンだが、彼はずっと日の射さぬ常夜の森に篭っていたのですっかり忘れていた。

 日の光の忌々しさを。

 森の外に出た途端、身を焦がす陽光にこの地が生者の世界だということを思い知らされたのだ。


 繰り返しになるが首なし騎士は、この世への年二回の顕現を除いて基本的にあの世で過ごす。

 あの世は星無き夜のように暗く、墓土と骨の死の香りが漂う静寂の界だ。

 唯一世界を照らすのは偉大という言葉ですら讃えるのに足りぬ主――クルアハのみ。


「早くあの世に帰りたい」


 対して五感に過剰な刺激が突き刺さるこの世、特に日中に活動するのは不死身の首なし騎士にとっても弱音の一つと言わず三つ四つ吐きたくなる苦行なのだ。


「おやおや、情けないな騎士殿。成人したての見習い騎士じゃあるまいし戦馬車に少し揺られた程度で根を上げるなんて………………我慢できなくなるじゃないか」


 そしてその苦痛を更に倍増……否、三倍にはしているのが御者台で寛ぐ少女。

 デュラハンの今年の獲物である城なし姫のルフェイだ。

 この小娘、外面は美の女神か月下の妖精かというほどの容姿をなのだが中身が最悪なのだ。

 今もデュラハンを中傷して悦に入っている。

 デュラハンが苦しんでいる元凶でありながらだ。


「黙れ。誰のせいで俺がこんな昼間に働いていると思っている」


「私のためだね」


「判っているならば――」


「おっと訂正。私を”刈り取る”ためだね」


「…………くっ」


 首なし騎士が怒れば、わざと煽り立ててその様を楽しむ城なし姫。


 確かに! 確かに命を狙われている不良物件だと知らずに”死の宣告”を刻んだデュラハンにも非がある。

 だがしかし淑女を自称する生物が、あの世の者とはいえ騎士を弄って喜ぶというのは如何なのもだろうか?

 ああ! 今すぐこの小娘の首を胴から切り離せればどれだけ胸がすっとすることか……ああ、いかんいかん俺としたことがなんてことを。


 兜を手の平で回し愚かな考えを打ち消す。

 任務至上主義の堅物と自他共に認めるデュラハンがそんな妄想をしてしまうほど現実は過酷なのだ。


「う~ん。それにしてもいい風だ。温かいし緑が芽吹きも悪くない。今年は豚がよく育つだろうね」



 苦悩するデュラハンに満足したのか、御者台に増設した座席で毛織物に包まれながら背伸びをするルフェイ。

 背の半ば程まで伸ばした銀髪が首や鎖骨を滑るように流れ輝いている。


 ……この島で最も好まれる肉である豚の成育を気にするのは元領主代行という経歴故だろう。

 だが豚に心を配れるならば首なし騎士も労わりを持って接して欲しい。

 割と切実に。


 何しろデュラハンのほうはルフェイを一年間無事に過ごさせるため――首を”刈り取る”ため――に骨身を惜しまず働いているのだ。

 今も獲物の身体に負担がかからないようにと基本全力疾走しかさせたことのない首なし馬――コシュタ・バワーたちをてくてくと常歩(なみあし)で歩かせている。

 更には御者台を埋め尽くすほどの荷物――小娘の餌と生活道具の運搬まで。


 かつて獲物の首を”刈り取る”ためにこれほどの労力を費やした首なし騎士がいただろうか? いや、あるまい。


「ところで騎士殿。私たちはどこに向かっているんだい?」


 唐突に日を存分に浴びながらのんびりと旅を楽しんでいたルフェイが、旅の目的地をデュラハンに訊いてくる。

 デュラハンは今更何を、と返そうとし、


「そういえば……言ってなかったな」


 あの世の使者は問われて初めて獲物に目的地を伝えてないことに気がついた。



 これは首なし騎士が人間を軽視したり見下しているとかではなく、人間が鶏や豚に調理法を確認しないのと近い。

 たとえ言葉が通じても、感情が理解できても、根本的に存在が――住む世界さえ――隔絶しているため同意や共有を求めようとしない。

 残酷だがその必要も必然すら感じないのだ。例外があるとすれば、虹の英雄や黒の魔女など抜きん出た個人のみ。


 ――ただ意識してないからこそ、弄られ嘲笑されても今ぐらいの精神負荷で済んでいる面もあったりする。もしデュラハンが『あれ? 俺って人間如きに馬鹿にされて超惨め』とか思い始めたら魔女に霊薬を支給して貰うべきだ。



 ただ問われたら素直に答えるという思考にも繋がる。

 蔑視も警戒もしていないからこそ虚偽を述べたり沈黙する必要もないのだ。

 だからデュラハンは羽毛より軽く口を開いた。


「この方向で判らんのか小娘。目的地は東だ」


「方向?」


 デュラハンたちは今、太陽に向かって進んでいる。

 そのせいで陽光によりことさら首なし騎士が苦しんでいるわけだ。


「ふむふむ……てっきり被虐嗜好に目覚めて、自ら太陽の光を浴びてるとばかり思っていたよ」


「そんなことがあるか!!」


 ルフェイのぶっ飛んだ思考を即座に否定するデュラハン。

 そんな被虐嗜好の首なし騎士など業界にも二、三体しかいない。


「俺たちが向かうのはコースト王国。そして貴様を預けるのはあの名高きギャザ騎士団だ」


「ギャザ騎士団だって?」


 デュラハンが宣言した目的地と騎士団の名に、珍しく目を白黒させて驚くルフェイ。


「そうだギャザ騎士団。貴様も名ぐらい知っているだろう。あの騎士団ならば貴様を預けるのに相応しい」




 ギャザ騎士団――それはエルランドで随一の強国コースト王国に所属する島内最強の軍事組織。



 エルランド島の東部にはなだらかな平地と多くの河川に恵まれ広大な穀倉地が広がっている。

 そこを国土とするコースト王国は圧倒的な人口とそれを支えうる麦の収穫量を誇る。

 そんなコースト王国に頂点に君臨するコースト王であり。

 彼に仕える騎士団がギャザ騎士団だ。


 ギャザ騎士団に入団するには様々な剣の流派を修める必要があり多くの誓約――つまりギャザ――をした騎士のみが所属できる。

 そんな騎士が三百人も名を連ね。

 更に供回りとして三千人の戦士が付き従う。

 この騎士団だけでこの島に存在する他の三国の全軍を上回っていた。


 長年この島で国同士の戦争が無かったのは、コースト王国の王の『無闇な戦争は慎むべし』という意向とギャザ騎士団の存在を各国が無視できなかったからだと言われている。


 またギャザ騎士団はコースト王家の騎士団であって、コースト王国の領主はそれぞれ個別に騎士や戦士を従えているので……実質コースト王国がこの島の支配者と言っても過言ではない。


 つまり首なし騎士垂涎の首級の宝庫なのだ。

 そんな騎士団に琥珀姫ルフェイを預ける。


「貴様のために数百の騎士と数千戦士が俺の大鎌に首を捧げるのだ」


 デュラハンはギャザ騎士団のことを知っていたが、騎士団ができたのはつい百年ほど前。

 普段、島の南側を狩場にしているデュラハンとしては興味はあっても理由も無く同僚の縄張りに踏み込むのを避けていた。

 同僚だからこそ守るべき礼節がる。

 しかし今回は小娘の預けるという大義名分が得られた。

 堂々と大手を振ってギャザ騎士団を平らげることができるのだ。


 転んでも只で起きては丸損だ。

 任務に熱心なデュラハンは超過勤務に見合うだけの首級を得ようとギャザ騎士団を副菜に選んだのだった。


「くくくくくく」


 主菜であるルフェイを彩る数多の首級がデュラハンの兜の中に浮かんでいた。


「ああ、うん。なるほどね」


 だがそんな得意絶頂の騎士に柳眉を寄せて困惑半分残念半分の表情を見せる姫。


「なんだその顔は言いたいことがあるなら言え」


「あのー首なし卿。凄く凄く言い難いのですが……」


 微妙な顔をするルフェイの代わりに声を掛けてきたのは別の人物だった。


「なんだ詩人」


 身体ごと後ろを振り返る首なし騎士。

 視界に映るのは、頼んでもいないのついてきていた髭の吟遊詩人――フェイクトピア。

 どこで仕入れたのかやたら立派な馬に旅支度まで整えてデュラハンたちの後方に張り付いている。

 そんなうっとおしい同行者はデュラハンへ生暖かい視線を向けてから一言。


「いやははははは……ギャザ騎士団は現在内紛の真っ最中らしいですぞ」


 パカラポカラと馬蹄が大地を叩く音がする。

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