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首なし騎士 仕度する

「騎士殿これとこれも頼むよ。ああ、そちらの荷は最後に積んでくれたまえ」


 小娘――ルフェイをどこかの領主に押し付けることで合意して二日。

 デュラハンとルフェイは未だに魔女の庵に滞在していた。


「なぜだ!?」


「君曰く、私が小娘だからさ」


 既にあの世に帰っていてもいいはず、と叫ぶデュラハンをからかうのはルフェイ。

 戦馬車に腰掛け足をぶらぶら、いつもどおり愛らしく人の悪い笑みを浮かべている。

 毎日毎日からかわれ反応するのも億劫なデュラハンはただ無言で肩を落とすだけだ。 


 ………………いかん。嘲笑されることに諦め始めてないか俺。


 妙な耐性を得つつあることにデュラハンは戦慄し、持ち上げようとしていた荷物に手を掛けたまま固まってしまう。

 

「休まない休まない。不死身なんだろう? 準備を続けて続けて」


「…………この島のどこでも一日あれば着くものを」


 首なし騎士が地の底から響くような声で愚痴る。

 デュラハンの戦馬車が全力疾走すれば一晩で島のどこの領主の元にでも訪れることができる。

 それだけの能力が”刈り取り”の夜には求めれられるのだ。

 

 だがしかし今回、獲物を運ぶという追加任務ではその力を発揮することができない。

 『怖いから戦馬車に乗りたくない』とかそういう意味で許さないのではなく獲物の安全面で許されない。


「騎士殿、丸一日も戦馬車を走らせるなんて……そんなことをしたら戦馬車から本当の霊柩馬車になってしまうだろうね」


「…………ぐっ」


 反論できない。

 デュラハンとて初の夜の出来事は覚えている。

 小娘は貧弱だ。

 川や海を除くあらゆる地形を強引に走破できる戦馬車だが、獲物の方が全力疾走に耐えられないのだ。


「私のための旅の仕度頑張ってくれたまえ」


 結果、小娘が死なない程度の速さで、しかも細かく休憩をとりながらの旅と呼ばれる行程が必要になる。

 この二日間首なし騎士は旅の準備――荷造りという慣れない作業を強いられていた。


 革袋、鍋、串、天幕、毛織物、外套、着替え、短刀、皮杯、革靴、火打石、賢者の石、獣脂等の旅に必要な道具と干し肉、各種豆、干し果実、薬など食べる消耗品。


 よく知っているものもあれば、存在と名前だけ知っていて実際に触れるのは初めてのものもあった。

 これでも最低限の準備であり途中の村々で小まめに補給しなければならないらしい。

 これら魔女から提供されたものを移動中破損しないように梱包したり、足りない分を森で採取したりさせられる日々。


「いやはや、人は麦のみにて生きるに非ずですぞ。首なし卿」


 少し離れた場所で首を刎ねたくなるほど陽気に歌うの髭の詩人フェイクトピア。

 森の外に置き去りにしたのにいつの間にか戻ってきやがった。

 職人はちゃんと同業の吟遊詩人が責任をもって安全なところまで連れて行っているとの報告とともに。

 それからは荷造りするのを楽しげに見物している。


 吟遊詩人”たち”は。


 デュラハンは毛織物の束――天幕の下に引いて寝床にするらしい――を御者台の隅に積みながら周囲を探った。

 人間の気配が森の闇に複数ある。

 森の外の野営地で感じた気配と同じだ。

 表だって話しているこの髭詩人以外にもデュラハンとルフェイを監視しているのだろう。


 歌の素材として。


 歌を創るために瞬きする時間しか持たない命を危険に晒す精神はある意味戦士や騎士以上に狂ってる。


 これまでも”刈り取り”などで吟遊詩人と接したことがあったがここまでしつこくはなかったのだが……?


 まあいい些細なことだ。それより誇り高きあの世の戦馬車を荷馬車のように使うなんてコシュタ・バワーたちもさぞかし不本意……


「ほらほら、毛を梳ってあげよう」


 不憫に思い首なし馬へ目を向けると小娘に鬣を編んだりされて戯れている。

 怪我をさせないようルフェイに優しく身を擦り付ける六千年来の相棒たち。


「いい仔だね”逆巻く鬣”。尻尾が痒いのかい”三つ編み”」


「懐柔されてる!! 勝手に愛称まで!!」


 ニヤリと微笑する小娘。

 こ、こいつ、いつの間にここまでうちの仔たちを。


「口よりも手を動かしてはどうかな? 騎士殿」


「そして何を当然のように俺に命令をしている!」


「騎士殿はか弱い乙女や魔女に荷運びをさせる気かい? いやいや、そんなことはないはず。数千年騎士をしてきたと誇らしげに語る殿方がまさか……」


 首なし馬の鬣を撫でる姿に謎の敗北感を覚えてしまう。


「……小娘、貴様は碌な死に方はしないぞ」


「? 騎士殿が殺してくれるんじゃないのかい?」


 なんとか搾り出した負け惜しみに何言ってんだこいつみたいな顔で平然するルフェイ。


 まあいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! この準備もすべては小娘の首を刎ねるためと思えば。


 そう自身に言い聞かせ、ルフェイにからかわれ、フェイクトピアに謳われ、そして姿を見せない監視者に見張られながらデュラハンは荷造りを続けた。



 日が傾き始めた頃、にやにや眺めていたルフェイがふと思いついたように口を開いた。


「騎士殿はどうして首が無いんだろうね」


「首なし騎士に首が無い。当たり前のことだ」


「不便じゃないかね。それ」


 ……確かに戦うにしても荷造りのような作業をするにしても片手が占有されているのは不都合に思えるだろう。

 どれだけの剛力を誇ろうと効率が悪い。

 荷運びもこのままでは今日中に終わるまい。

 しかし首がないのは創造された時からでありあの世の存在である証。


 デュラハンとしてはそういうものなのだ。

 寧ろ……


「そもそも首なし騎士に荷運びをさせるのが過ちだ。首なし騎士は首を刈るものだぞ」


 抗議をしながらデュラハンの心の内で二度と戻れぬ遠き戦場を思い出していた。


 首なし騎士は、最初戦闘だけを目的にクルアハの創造された

 はるか昔、妖精と争っていた巨人の王が代償と引き換えにクルアハに助力を願ったのが切欠だ。

 御身をこの世に顕現させた主は妖精を蹂躙した。

 その際、露払いの雑兵として生み出されたのが俺だ。

 巨人たちはドゥーブ・ハン――”夥しい闇”と俺を呼んだ。

 妖精たちの放った光の矢一本で塵芥の如く消滅していった。

 万の万倍も生み出され、万の万倍は焼き払われた。

 世界の形が変わるほどの争いは、妖精側の勝利で終結……ただし被害は双方甚大。

 妖精は妖精郷に去り巨人も世界の果てに消えていった。

 今は往年の栄華の見る影もない。


 そして僅かに敗れ残った俺たちは……


「騎士殿、乙女を退屈させるのは良くないな」


「……!」


 ルフェイが過去を追想するデュラハンの顔を覗き込んできた。

 そのまま左手から兜を奪ってしまう。


「何をする?!」


「いやいや、こうした方が作業しやすいだろ騎士殿」


 そう言うと小娘はデュラハンの頭部を抱きかかえたまま御者台に座り込んでしまう。

 首の断面が太ももで挟み込まれ、後頭部には小さな胸が密着する。


「ほらほら。これで視界は確保できるし両手が使える」


 珍しいいことにその声は嘲笑ではなく単純明快な笑い声だった。


「…………」


 結局デュラハンの身体は両手を使い日が落ちる前に全ての作業を終えることができた。





 十日足らず前この庵を訪れる時に造った森の外へ続く道。

 圧し折られた木々の隙間から朝日が射す。


 輝く銀髪を揺らし小娘が魔女に頭を垂れる。


「それでは行って参ります。マーティス様」


 魔女は最も新しき最後の弟子を抱きしめた。


 ルフェイ=モルガーナはデュラハンの操る戦馬車に揺られ常夜の森を旅立つ。

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