首なし騎士 喜ぶ
「おはようだと? ……貴様、寝たばかりだろ」
起きて話し合いに参加してきたルフェイに戸惑った。
人間は、特に貧弱な女子供は十分な睡眠という休憩が必要だ。
常夜の森は太陽が見えないため時の変化が分かりにくいが、徹夜明けの小娘が寝床についてからさほど時間は経っていない。
ここ数日小娘を就寝から就寝まで睡眠中の寝返り一つ逃さず観察してきたデュラハンには、ルフェイの睡眠が不足していることが理解できる。
理解できるようになっていた。
小娘の健康、特に首から上へ影響が出ないか心配するデュラハン。
そんなデュラハンにルフェイは片目をつぶり微笑む。
「母上が亡くなってから領主代行は私がしていたからね。城にいない父上の代わりに夜鳴き鳥より遅く寝て雄鶏より早く起きたものだよ。流石に徹夜は堪えるが……」
夜鳴き鳥とは夕暮れに鳴く鳥で雄鶏とは言うまでもなく朝を告げる鳥だ。
…………駄目だろモルガーナ家。成人してない小娘が睡眠時間削って働くだと? せめて夜明けから日暮れまでにしろ。大人たちはなにしているんだ。
年間二晩だけ働く不死身の騎士が城なし姫の苛酷な労働環境に顔を顰めた。
デュラハンが哀れみと憤りを抱いてるなどと知らないルフェイは指で手紙を寄越すよう催促してくる。
「……ふん」
「ああ、ありがとう。騎士……ふわぁ」
受取った手紙を眺めながらやはり眠いのだろう、手で口元を隠し欠伸をする小娘。
腹立たしいがその仕草さえ愛らしい。
首なし騎士も魔女も姫に見蕩れたように静かにその姿を鑑賞する。
「ふうん」
手紙を読み終えたのか小娘が笑う。
だがそれはか弱き姫の微笑でもあの世の使者を弄り楽しむ奸婦の嘲笑とも異なる笑み。
矛盾するようだが感情のない笑いとでも表現するしかないものだった。
「おい、小娘。貴様なにか知っているのか?」
これまで過ごした経験から小娘が救援が来ないことに絶望した……なんてことはありない。
手紙からデュラハンやマーティスが読み取れなかった何かを察したに違いない。
「うん? …………いやいや、なんのことだい」
「その間はなんだ。誤魔化すならその怪しい笑いもどうにかしろ!?」
「酷いな騎士殿。乙女の純粋無垢な微笑みに怪しいなんて……賢人裁判に訴えるよ」
「貴様の薄ら笑いのどこに清純と無垢がある!」
小娘の身の振り方、延いてはどのようにデュラハンに首を刈られるかが懸かっているというの不真面目な。
それにどんな裁判でも勝つのはこちらだ。我が主も三千世界で神を称する奴らもあの嘲笑を純粋無垢とは断じまい。
補足しておくと賢人裁判あるいは賢者裁判とはこの島の司法や祭儀を統べる賢者による裁判のことだ。
最低でも二十年以上の修行した賢者が、数千年間に及ぶ判例や習慣を元にして判決を下すそれは王ですら異を唱えることが許されない。
もし賢者に異を唱えると……雷が落ちる。
比喩でもなんでもなく本当に雷が落ちる。
デュラハンも”刈り取り”の際に賢者が人間の崇める神――妖精郷に去った妖精やら魂だけどなった巨人――の加護を得て招来した雷に強かに打ち据えられた。
マーティスの”刈り取り”が失敗したのも十人以上の賢者にモグラ叩きのようにドカンドカンと……嫌な思い出だ。
失敗した任務を思い出し不快な気分になるデュラハン。
「……朝食代わりとしてはまあまあかな」
こちらを眺めているルフェイは何故か破顔一笑。
明らかに楽しんでいる。あの世の騎士の不幸を喜ぶなんてこの小娘、人として間違っていないか! クルアッハ!!
デュラハンが主にこの世の理不尽を訴えているのを意に介さず、今度はマーティスがルフェイに訊ねる。
「姫様、何か知っているならあたしにも教えてくれんかねぇ?」
「はい。マーティス様、それは――」
「てっ、答えるのか!?」
「――先の戦争が原因だと思いますわ。父の訃報を耳にして直ぐに城から落ち延びましたので詳しくは存じませんが」
「無視するな!」
「煩いよ。黙りな屑騎士ぃ」
……この世は首なし騎士に厳し過ぎないだろうか? 早くあの世に帰りたい。
まだ午前中だが黄昏るデュラハン。
ルフェイはデュラハンには決して見せない敬意と丁寧な言葉でマーティスへ話を続ける。
「父ルーサーは大領主でした。その父が喜びの原に招かれたということは、戦争に参加した騎士の殆どが同じ運命を……」
この島の戦争は騎士や領主が名誉を得るためのなんというか……合同決闘の側面がある。
自分に釣り合う相手を見つけたら名乗りを交わし――つまりお互いに自己紹介して一騎打ちが始まる。
馬を持てない平の戦士は騎士の従者や供回りとして主の一騎打ちの邪魔にならないよう、邪魔をさせないよう戦う。
戦争に参加したというルフェイの父は大領主だった。
周囲には他にも多くの領主や騎士がいたはずだ。
その大領主が首級を取られたということは壊滅的負け戦と推測できる。
大領主が首取られたら残りの騎士や戦士も引くに引けないは、ず――――待てよ。
「大敗の原因、貴様の父親じゃないだろうな? 真っ先に突っ込んで首を取られたとか。戦馬鹿て言ってなかったか貴様」
「多くの命が失われたことは悲しいことです。残された者は死者を送る葬に喪にと忙しいのはず。子息への相続を認めてもらうため王との交渉も必要でしょうし」
悲しいの部分は嘘だな涙まで流しているが首に哀惜の感情が浮かんでない。
俺は違いの判る首なし騎士だからな。
そして無視するな小娘。
「……故に王も私一人、前領主の娘如きのために救援を派遣する余裕がないのではないでしょうか?」
最後まで憂いを帯びた悲劇の姫君の顔を崩さず話きりやがった――首は以外は、だが。
小娘の言は領主代理をしていただけあって現実を見ている。
決闘や戦で人が死ぬと一番困るのは死んだ本人ではない遺族だ。
葬式に三月の喪と遺産分配などなど。
小娘が謀反人とやらに命を狙われているのも相続問題といえるしな。
「……わかったよ。そういうことにしておこうじゃないかぁ」
マーティスが人の死を悲しむことができないルフェイへ痛ましげな表情を浮かべる。
魔女も小娘が見たままの愛らしい少女でないことは理解しているはずだ。
なにせデュラハン恐れるどころか積極的に弄るのを一切隠していないのだから。
「問題はねぇ。そこのぼっち騎士にも言ったが……姫様の寄る辺をどうするかなんだよぉ。ここは御姫様が暮すにはいろいろと不便でねぇ」
話しながらちらりとこちらを一瞥するのは、小娘に魔女の庵では首なし騎士を撃退できないと伝えるためだろう。
まあ、確かにここ不便――どころか首が幾つあっても足りないのも事実だ。
後、俺はぼっちではない。
俺にはコシュタ・バワーという相棒が六頭もいる。
デュラハンはマーティスに反論しておく。
心の中でだけだが。
「…………これ以上ご迷惑を掛けるわけにもいけません。偉大なる魔女マーティス、名残惜しいですが私は新たなる寄る辺を探そうと思います」
ルフェイはマーティスの言葉に僅かな逡巡の後、頷いた。
魔女も同じように頷き応じる。
二人にとってこれはただの別れではなく”刈り取り”に備えるための次の一手なのだ。
あの世の騎士の面頬で我知らず笑みが浮かぶ。




