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首なし騎士 思いつく

 小娘の保護を王に求めたら断りの手紙がきた。

 結びの挨拶すらない。


「なぜだ!!」


 超過勤務に疲労困憊――主に精神が――のデュラハンが上擦った声で叫ぶことを非難できる者がいるだろうか? いや、無い。

 だがデュラハンは首なし騎士業界でも屈指の猛者。

 どんな事態でも意識の一部が冷静沈着に状況を把握しようとしていた。


 迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない迎えが来ない……


 できるかどうかは別として。


 それでもわなわな震えながら読み間違いかもしれないと手紙を再確認。

 穴が開くほど真剣に羊皮紙に書かれた文字の列を追う。


 季節の挨拶――問題なし。

 魔女への賞賛――問題なし。

 使い魔への苦言――問題あるけど問題なし。

 頭髪の重要性を訴える一文――評価不能。

 ルーサーの息子は守るが娘の迎えは出せない――問題だけしかない。


 デュラハンの見間違い読み間違いではなかった。

 現実なのだ。


「なぜだ!!」


 二回目の絶叫。


 これではあの世に帰れない。

 そして小娘の護衛という過重労働が終わらない。

 このままではあの世からデュラハン捜索隊とか出され……いや、それより小娘は見捨てられたのか?


「…………」


 デュラハンは庵の奥で眠る件のお姫様であるルフェイへ視線を向ける。

 解かれた銀髪は月光を浴びる天の雲、しなやかなうなじは初雪のような純白。

 この島の騎士は全てが全て求婚より先にその身を抱きしめ唇を奪おうとするだろう少女が羊毛の織物に包まれた寝息をたてていた。


 デュラハンの獲物だ。

 

 ”刈り取り”まで守り生かすべき獲物だ。

 全ては任務のため、”刈り取り”の儀式を成功させるため。

 デュラハンは極上の獲物を前に、自身にすら冷酷なあの世の使者に戻る。

 己の精神的損傷よりルフェイ――の首級――が最優先だ。


 まずこの”異常”事態はどういうことなのか。


 正直、迎えが来ないなどとは思ってもいなかった。

 この島において『謀反人から姫を守る』という英雄的行為は賞賛され羨望される。

 男子の誰もが望む英雄へ至る階段の一つ。

 王といえどそれは同じ必ず迎えが――もしかすると王自身が来るかもとすら考えていた。

 その迎えが来ない。


 たとえ魔女の使い魔がレンスター国王の髪を毟ろうが禿にしようが迎えだけは来るはず――はずだよな?

 まず考えられるのは……手紙の偽造?


 デュラハンは手紙を最初に受取ったマーティスを見る。


「まったくレンスターの坊主はどういうつもりだぁい。」


 だがその顔に浮かんでいるのはデュラハンと同じ困惑と……憤りか?

 枯れた老木に似た趣のある首も偽装や詐称の気配がない。


 己の首級鑑定眼に絶対的自信のあるデュラハンはマーティスによる罠や策謀がないと判断した。

 それにデュラハンを苦しめることと獲物の安全なら後者を選ぶはず。

 マーティスはそんな女だ。


 ではフクロウが偽の手紙を渡されたか?


 いや、あの頭髪の減少を嘆き悲しむ文章に嘘偽りはなかった。

 寧ろあの手紙はそれが主題だった。

 では…………後からルフェイとその弟のことについて誰かが書き足した可能性は?


 三度手紙を確認する。


 どの部分も筆跡は同じ。

 王本人が書いたとは思えないが――この島では読み書きできるのはごく一部のものの特権であり王はそのためだけの尚書と呼ばれる人間を雇うのが常だ――同じ人物なら追記の可能性は低い。


 手紙は本物……ならば本当にルフェイを迎えに来れない。

 それだけの余力がないということか?

 だが己が面子のためにも最低でも一人ぐらい騎士を派遣するはず。

 それすら不可能とは。


 次々と可能性の検討検証、仮の推測をこなしていくあの世の騎士。


 弟は保護するのだから逆に言えば小娘を積極的に見捨てたいわけではない。

 男ならば戦士ならば魔女の手紙を受取ればルフェイを助けようとする……はっ!


「魔女よ。今のレンスター王は女だったりするのか?」


「何を馬鹿言ってるんだい。女が王になれるわけないだろう。なれるとしても共同統治者が限界じゃよ。それに今のレンスター王はルーサーと同じ戦馬鹿だよぉ」


 実はレンスター王が女だったという斬新な仮説から出た問いは魔女の返事により却下された。

 確かに魔女も度々レンスター王を坊主と呼んでいたな。

 ついでにレンスター王が腰抜けということもなさそうだ。


「なんで迎えが来ないのかより、これからどうするかを考えるべきじゃないかねぇ?」


 マーティスが奥で眠るルフェイをそっと見詰めて溜息をつく。

 魔女としてもルフェイのためにできるだけのことはしたいのだろう。

 だからこそここ――常夜の森にはルフェイを置いておけないと考えているはずだ。

 暮すのにも命の危険が付き纏う魔境ということもあるが、ここで一年過ごしても首なし騎士を撃退できない。

 川や谷、放棄された城や砦などデュラハンを罠に掛ける地の利が得られないのだ。


 力ある庇護者の元にルフェイを預ける。


 その一点でだけはデュラハンとマーティスの望みは一致していた。


「どうするか、か………………あ」


 そこでデュラハンは気がつく。

 ようやく気がつく。


 デュラハンの知己が預け先として不適格であり、ルフェイが弟の安否を気にしていたのでレンスター王しか庇護者がいないと考えていたが……王に拘る必要はないのだ。


 『謀反人に狙われる姫』なんて謀反人とその一党を除けば誰もが保護したがるだろう。

 上手くすれば英雄譚の主役に成れるのだ。


 ルフェイの父の仇であるベルフォーセット王国の騎士や領主はやめておくとしても他の三ヶ国の力ある領主なら謀反人からルフェイを守れるはず。

 だらだらとここでルフェイを守るより、それ相応の力を持った英雄志願者にでも押し付ければいいのだ。


 そう待つだけでは駄目なのだ。

 こちらから動かなければ。

 ではいつ動く?


「今だろ」


 光明を見出したデュラハンは何が今なんだい、と訝しげな魔女に己が考え――小娘をどっか有力者に押し付ける作戦――を披露する。

 だが首なし騎士の筋の通った考えに魔女はあまりいい顔をしなかった。


「確かに力ある領主ならルフェイ姫を守れるだろうけどねぇ……それは姫様がその領主のものになるってことなんだよ。首なし、あんたそれを判って言ってるのかい?」


「……それは違う。あれは俺のものだ」


 魔女が指摘したのは、女は男に守られるものでありその所有物というこの島の――この世の現実。

 まあ、女だけではなく馬も牛も武器も土地も農民も職人も大抵のものは力ある者が手にするのが世の常だ。

 だがこの世の理などあの世の使者には関係ない。

 第一この世の理と信じられていることなど曖昧であやふやなものだ。

 不死身の首なし騎士を殴り潰す女戦士もいたし、数多の戦士を従えた復讐の女神もいた。


 そんなデュラハンの答えにマーティスは溜息をついて顔を左右に振った。

 魔女の態度を任務達成意欲に対する呆れと重い重ねて宣言しておく。


「諦めろ。一年後には俺が必ず”刈り取る”。貴様がどれだけ入れ知恵しても、だ」


「人を麦穂みたいに………いんや………あたしら人間の言えたことじゃないねぇ」


 女が物扱いされること、男が全てを決めること、人が収穫物扱いされること、死が命を奪うこと……この世とあの世の理。

 そんな当たり前の話に顔を顰める魔女。

 自身がその数々の理を真っ向から否定し捻じ伏せている存在だというのに不思議なことだ。


 悩み憤る姿は惜しくもあり好ましくもある。


 あの時”刈り取り”に成功していればこの首は今頃、という気持ちと”刈り取り”に失敗したからこそこの首を眺められるという思い。

 デュラハンの中で相反する感情が浮かび混ざり合う。


「おやおや。私を抜きにして勝手に決めないで欲しいね。騎士殿」


 水晶を鳴らしたような澄んだ声が過去に思いを馳せるデュラハンを現在に呼び戻した。

 その声の主は囲炉裏を挟んで向かい合う首なし騎士と魔女の間に割り込むように身を乗り出す。


「おはよう」


 まだ少し眠そうに琥珀の瞳を瞬かせるのはルフェイ=モルガーナだった。

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