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首なし騎士 実践する

 粗末な庵が見えてきた。

 戦馬車を曳く六頭の首なし馬の歩法が駆足から諾足そして並足へと変わっていく。


「おい。着いたぞ小娘」


 二十四の蹄が地に着くとデュラハンは自分の足に縋りつき舟を漕いでいるルフェイへ呼びかけた。


 結局、吟遊詩人どもによるデュラハンとルフェイへ取材は、雄鶏が鳴き空が白み始めるころにはお開きとなった。

 職人の保護という要求への代償だったので、小娘に”死の宣告”を刻んだ際の様子から首なし騎士業界の裏話まで吟遊詩人どもに問われるまま次々と答えていたのだがその終わりは予想より早かった。


 ルフェイの具合が悪くなったのだ。

 

 デュラハンは口を動かしつつも先日の失敗を反省し獲物――ルフェイの体調に気を配っていた。

 デュラハンと同じように詩人に囲まれていたルフェイが徹夜のためかふらふらしだしたので、無限の好奇心と尽きる事なき知識欲で暴走していた吟遊詩人どもへ『話はここまでだ』と告げた。

 青い人混みを押しのけルフェイを抱き上げるとそのまま戦馬者の御者台に跳躍。

 『これはよい楽想が』『首なし騎士のお姫様抱っこ……有りか無しか』『一言! お二人の関係について』とか吟遊詩人たちが叫ぶのを尻目に魔女の庵へと戦馬車を走らせた。


 職人については代表らしい白髭の吟遊詩人が笑顔で帽子を振っていたので問題あるまい。


「寝るな。起きろ小娘」


 森を走っている間はなんとか意識を保っていた小娘だが――減らず口も叩いていた――魔女の庵が見えたことに安堵し眠気に負けたようだ。起きる気配がない。


「む…………仕方あるまい」


 起こすことを諦めたデュラハンは兜を左脇に挟むとルフェイを抱えあげる。

 丁度デュラハンの左腕を長椅子のしてルフェイが寝そべる様な形。

 衣一枚を通して人の温かみと肉の柔らかさが伝わってくる。

 うぅんと赤子がむずがるように小娘が動いた。


「…………」


 視界が塞がれ兜の鼻先に肘が当たるが我慢する。

 怒鳴って起こしたりはしない。

 それは起こしたら可哀想だとかではなく『おやおや、寝ている婦女子を抱くとは騎士殿は大胆だね』と弄られそうな気がしたからだ。

 右手に鎌、左手に姫を抱えているため足を使って魔女の庵の扉を開き入る。


「随分遅かったじゃないかぁ。で…………どれだけ殺した糞騎士?」


 起きて待っていたのか庵の中では魔女マーティスが鍋を混ぜながらデュラハンを睨みつけてくる。

 質問の形をとってはいるが、ルフェイ姫に無理させんじゃないよ馬鹿騎士という罵倒と森の外でまた人を殺めたんだろ外道騎士という侮蔑がはっきりと顔にかかれていた。


 ルフェイを毛織物を積み重ねた寝床に運びながら一応反論だけはしておく。


「遅くなった文句なら吟遊詩人に言え」


 前者についてはルフェイの同行を許したデュラハンにも責任はある。

 だが半分は質問攻めにした吟遊詩人の集団が原因だ。

 後者については答える必要性を感じない。



 首なし騎士は、首を刈るもの、人を殺めるもの、命を穫るものなのだから。



 故にデュラハンは元獲物であるマーティスが首なし騎士を憎悪するのは当たり前と考えている。

 ……そしてマーティスがどれだけデュラハンを憎もうが無意味なことも。

 マーティスは首なし騎士に選ばれ試練を生き延びたことでクルアハから祝福と呪いを得た。

 祝福――神託に等しい占術の腕やこの世の理に縛られぬ霊薬の創造を始めとした比類なき魔女の力。

 呪い――神の力を知り、人の力の限界を悟った絶望と苦悩は魔女を責苛む。


 まあ、それでも昔――”刈り取り”失敗直後はクルアハの祭具である黄金鎌で切りかかってきた――を思えばマーティスも随分と穏やかで丸くなった、と首なし騎士は思う。



 魔女の濁った眼が睨んでいることを背で感じつつデュラハンは横たわるルフェイを見下ろした。


「さて…………?」


 ここでデュラハンはここ数日の学習の成果を発揮。


 ルフェイは青い貫頭衣に首飾り、胸飾り、腕輪などの装飾品を纏い更には髪を編んでいる。

 これは就寝時の姿としては不適当だと五日間ルフェイを観察し続けたデュラハンは知っていた。

 獲物の質を保つためこの眠り姫の服装をあるべき状態にすべきだろう、とも考える。

 意識高い系首なし騎士のデュラハンとして知識上の経験を実習により確認する必要も感じた。


 というわけでまず装飾品だ。

 琥珀の胸飾り、銀に金細工をはめ込んだ腕輪、そして滑らかな首筋を絶妙に飾り立てる細い金糸を編んだ首輪を丁寧かつ慎重に外す。


「おい、何してんだあんた」


 背後で魔女の声がするが任務を優先。


 しかし、うむ……やはりこのうなじは金の飾りなど無くともただそれだけでも十分に美しい。


 次は一房だけ編まれた銀の髪。

 美しい髪は首を彩る天然の宝石。

 刃より鋭い己の手が月光を紡いだ如きそれを傷つけないよう装飾品の数倍の時間を掛け解く。


「こら、変態騎士。何をして……」


 集中集中。


 呼吸も必要ないし肺もないが気持ちを静めるため息を整える。

 次は腰帯。

 これは楽だ。

 手の平程度の幅の皮でできた帯の帯飾から鹿の角を材料とした鉤を引き抜く。

 途端、細い腰に合わせて押し付けられていた衣が緩く形を崩した。


 後は巨人が踏んだ大地のように平らな胸元を締めている紐を抜けば脱がせられる。


 ……観察中も思ったのだがこの貧相な胸を隠す必要があるのだろうか? 鎖骨が見えなくなるし無駄なのではないか。機会があれば提案してみよう。


 今まで寝ている婦女子の首を刈り取ったことは幾度かあった。

 しかし寝ている婦女子の服を脱がすのは初体験だ。

 数千年の職歴があるとはいえやはり初めての行為は緊張する。


「死ね」


 だが小娘の鎖骨を隠していた邪魔者(ひも)を排除しようと瞬間、殺意を漲らせた何者かが襲い掛かってきた。

 何者ではないか、冷静に考えなくてもデュラハンの背後にいたのはマーティスだけだ。

 もっともその殺気たるや往年のマーティスを思い出させる強烈なもので――


「なんおぅがるあああああああああああああ」


 受け流し問いただそうとするも、デュラハンはしゃがみ込みルフェイの胸元に手を伸ばす繊細な作業中。

 構えとか以前、一手どころか二手三手及ばない。

 更に齢百歳、寿命も近いだろう魔女の技と妙は今宵戦ったあらゆる騎士、戦士たちを上回っていた。


「ぐばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 魔女に殴り刺され投げられる。

 最終的に両足を揃えての跳躍蹴りで庵から叩きだされるデュラハン

 無傷なのだが大地を舐めるのはやはり屈辱でしかない。


「貴様なんのつもべあっがぃっ!?」


「ホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!」


 魔女に抗議しようとするも暗き森の上より急降下してきた存在に再度大地に叩き付けられた。


「いい加減にしろ!!」


 お脱がせの余韻さえ根こそぎ吹き飛ぶ屈辱。

 吼える首なし騎士の上で、


「ホウ!」


 と鳴くのは数日前王都へ送り出された魔女の使い魔――巨大フクロウのフェイタル。


 その脚には送り出した時とは違う手紙が結わえられていた。

デュラハンは紳士です。

脱がせた後、就寝着を着せるつもりでした。

全裸で放置なんてしません。

デュラハンは紳士です。

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