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首なし騎士 告る

 闇の帳を抜けると太陽があった。


「クルアッハ!」


 あの世からこの世に顕現した首なし騎士デュラハンは、突き刺さる陽光と生温い風の不快感を主の名(クルアハ)を称えることで打ち払う。


「……日が落ちてから来るべきだったか。忌々しい太陽め」


 闇と血を塗り固めたような不気味な戦馬車の上から中天を渡る太陽を罵るデュラハン。

 戦馬車を曳く六頭のコシュタ・バワーも主に同意するように首の無い馬身を震わせる。


 本来、死者が眠り闇が満たされる世界――所謂あの世――を居とする首なし騎士にとってこの世、特に日の光満ちる昼間は人間に例えるなら灼熱の砂漠に等しい。

 そんな過酷な世界に夜を待たずにデュラハンが顕現したのは任務のためだ。

 首なし騎士がこの世を訪れる理由は二つ。


 一つは獲物――この世の生者に”死の宣告”を刻むため。

 二つは”死の宣告”を刻んだ一年後に獲物の首を”刈り取る”ため。


 年に二度の訪問で一組となる死の強制執行――主への供犠は、首なし騎士達とって存在理由の全てである。


 デュラハンの此度の訪問も”死の宣告”刻むためであった。

 あの世に持ち帰るのに相応しい獲物の首級選定と”死の宣告”の刻印。

 そのために首なし騎士は御世辞にも心地よいと言えないこの世に顕現していた。


 デュラハンの左手に抱えた兜の中で紅い目を歪める。


「毎年のことだがこの不快な日差しだけでもどうにかならないものか」


 とはいえ毎年恒例の任務だとしても不快なものは不快なのだった。

 首なし騎士業界では古株且つ堅物分類されるデュラハンでさえ愚痴の一つも零すのはしかたがない。

 ただデュラハンの場合自業自得な面もある。

 一般の首なし騎士は日が落ちてからこの世に顕現し、月光を浴びながら獲物を探す。


 しかし今は太陽が輝く真昼間。


 どうしてデュラハンがそんな最悪の刻に顕現したかというと――


「やはり最高の獲物は時間を掛けて選ばねばな」


 ――私的なこだわりである。


 生者の首級を刈り取って六千飛んで三十五年。

 未だ古風に『首刈りは大鎌』と拘泥すること同じく六千三十五年。

 首なし騎士の中の首なし騎士と呼ばれるデュラハンは、日が沈まぬうちにあの世からこの世へと這い出て獲物を物色するのが毎年のこととなっていた。


 若い首なし騎士達から『先輩が早く出ると急かされるみたいで嫌だ』『職業意識が高過ぎる。比べられて辛い』『鎌ってダサくないですか?』と苦情も聞こえるがデュラハンは無視している。


 早めに現世入りすればそれだけ収穫対象の選定に時間を割けて質の良い首級が刈れる。

 ”刈り取り”成功率九割を超えるデュラハンには他にもこだわりがあった。


 老人は狙わない――”刈り取り”までに寿命が来ることがある。

 妊婦は狙わない――同業他者の泣き妖精が煩い。

 病人は狙わない――霊薬を飲ませて治療してもいいが魔女との交渉が面倒。

 子供は狙わない――親が子育てを放棄することがある。嘆かわしい。

 戦士は素晴しい――逃げないので刈りやすい。

 騎士も素晴しい――これも逃げないので刈りやすい。

 王族は最高最良――戦士や騎士が集い守りを固めるので戦馬車に積みきれないほど首級が刈れる。


 デュラハンのこだわり――というか長年の経験則の集大成――を首なし騎士業界全体の基本指針にしようという意見まであるほどだ。ただし若手の反対により五百年ほど審議中だが。

 そんな話が出るほど首なし騎士の中でもデュラハンは頭一つ飛び抜けた存在だった。


「いくぞコシュタ・バワー!」


 もっとも硬派・堅実・生真面目を自認するデュラハンは周囲の評価など気にせず此度も任務に邁進するだけなのだが。


 手綱がなくとも――首から上が無いためハミを噛ませることができない――御者の意志を汲み取り黒い巨躯が疾駆を開始する。



************



 そんなこんなで太陽に照らされながらもデュラハンは、人間達を驚かさないように――これもこだわりの一つ――静かに漆黒の首なし馬を奔らせてた。

 しかし八つの村と二つの街を物色した闇の御者は呟く。


「…………おかしい」


 既に日は傾き夕刻。

 ”死の宣告”を刻む本番は夜とはいうものの余裕を持ってこなすにはそろそろ獲物を定めないといけない。

 家の位置や家族構成、鋼と鉄の轟きを響かせ侵入できる道の確保などなど。不在確認や誤射防止、様式美のための準備もある。

 行き当たりばったりは失敗の原因だ。


 なのに肝心の獲物がいない。

 

 デュラハンが顕現したこの地は、人間たちがエルランドと呼んでいる島で、この世の端の更に端にある。

 世界の中心ではとっくの昔に消えてしまった巨人や森妖精が稀に出現する以外は基本人間が暮しているのだが……


「なぜ人間さえいない」


 正確には人間はいる。

 ただし女だったり子供だったり老人だったり男がいても農民、とデュラハンの基準的に獲物足りえないものばかり。

 デュラハンを返り討ちにしようと奮起する戦士や騎士が見当たらないのだ。


「…………まさか」


 経験豊富な首なし騎士であるデュラハンはある推論を立て、確認のため近くの村に忍び寄る。

 六頭曳きの戦馬車で忍び寄る。

 人間の脊髄を模した柄の悪趣味極まりない大鎌も忍ばせる。

 首なし騎士の匠の業だ。 


 気配を殺して村の外から住人をじっくりと観察。


 麦畑に囲まれ藁葺きの家々が並ぶどこにでもある農村。

 エルランドで暮す人間達は、各地に村と呼ばれる共同体をつくり戦士や騎士など戦える者が作物を育てる農民や道具を作る職人を外敵から保護する社会形態ととっている。

 そして保護の見返りとして戦士達は領主――村の支配者となり君臨する。

 つまりどんな村でも一人は戦士が住んでいるはずなのだ。


 暗い眉庇(まびさし)の奥から紅い瞳で見つめること暫し。 

 戦士が一人も村にいないことを確認。

 推論は確信となる。


「村と村の決闘ではないな。範囲と規模が大きい。やはり戦争か」


 広範囲で戦士や騎士の消失から国と国との戦争が起こってるとデュラハンは判断した。


 規模が大きくなった村は街と呼ばれる。

 往々にして街の領主は、周囲の村を支配下におこうとする。

 目的は水利や食料、女、牛馬の奪い合いなど様々。

 婚姻により平和裏に結びつくこともあるが半々といったところ。

 幾つもの村を支配した街の領主は大領主となり、更に複数の街を手に入れると別の呼び名に変わる。


 ”王”だ。


 そして王の支配する村や街の集合体が”国”。


 デュラハンが知る限り現在エルランドには幾人かの王がおり、それぞれが多くの騎士と戦士を配下としている。

 問題なのは、人間の王達は厄介な習性があることだ。

『己こそこの島で一番の王』と常に競争しており頻繁に戦争するのだ。

 国と国との戦争は村と村とのそれとは規模が違う。

 何千という戦士や騎士が集められての殺し合い。


「つい百年前にしたばかりだというのに厄介な」


 首なし騎士達にとって人間達の戦争は面倒事でしかない。

 本来、首なし騎士が刈り取るべき首級を勝手に駄目にしてしまうからだ。

 戦争で突出した英雄が生まれることもあるがそれは貴重な首級として首なし騎士間で奪い合いになる。

 結局、首なし騎士業界全体としては損なのだ。


 ここでデュラハンは悩む。


 起こっているであろう戦争にいち早く駆けつけ誕生する英雄に”死の宣告”を刻むべきか、それとも残り物で妥協すべきか。

 前者が成功すれば最高の首級を捧げることができる。ただし失敗すれば残り物すら無くなる可能性がある。百年前も”死の宣告”をした騎士の戦傷が悪化して”刈り取り”前に死ぬなどということがあった。

 対して後者はこだわりを捨てることになる。


「いや。こだわりとは収穫率を上げるためのものであり問題は失敗した場合の……む? どうしたコシュタ・バワー」


 豊富な経験と真面目から逆に思考が複雑化している主に焦れたのか、突然首なしの黒馬達が走りはじめた。

 命じればコシュタ・バワー達を止めることもできたが、悩んでいたデュラハンは相棒に任せるのもよいかと思ったのだ。

 俺が気がつかない何かに気がついたのかもしれない、という言い訳を駆けながら考えてみたりもする。


 不快な太陽が海へとその身を沈めようかという夕刻、黒馬達は街道から外れた森へと首なし騎士を導いた。



 そこでデュラハンは運命――ただし悪いほう――に出会う。



 夕日に染まる森の木々を背に佇む儚げな少女がいた。

 長い銀髪は夕日に染まり、琥珀の瞳には黄金の雪が降る。

 既に首を刎ねたかと見まがう白い白い面貌。

 身を飾る銀の首輪に琥珀の胸飾りは主に比べれば石ころに等しい。

 鮮やかに染められた若草色の貫頭衣は豊かな裾から裕福な地位にあることを示していた。

 ついでに囲むように戦士達がいるが……護衛だろうと無視。


「お、おお! クルアハよ」


 たった一目で心を射抜かれたデュラハンは主に感謝し娘を指差す。

 理ではなく勘が告げていた。至高の獲物だと。

 ”死は宣告”は夜に刻むという首なし騎士的様式美が頭の掠めるが明文化されたものではないと忘れることにする。


「十の月が巡りし夜、汝の命を黒き三日月に捧げる」


 言葉とともにデュラハンの指先から紅の呪いがほとばしり、娘の指に禍々しき紋様を描く。


 ”死の宣告”が刻まれた。


 あの世の御者に見初められた悲運の少女は、驚きに(まなこ)を開き心臓に最も近い指に刻まれたそれを呆然と眺める。


 デュラハンは可憐な――この時まではまだそう見えた――姫が恐怖ゆえ突然の死を迎える可能性に今更ながら考えが及んだ。

 首なし騎士から”死の宣告”を受けた獲物の態度はだいたいが恐怖と絶望に混乱し、時には自ら命を絶つ。

 現実を許容できずに心の臓が止まることすらあるのだ。


 しまったもっと優雅に申し込むべきだった、と後悔が首なし騎士の心に広がる。

 もっとも堅物と自他共に認めるデュラハンにそんな器用な真似は不可能だったろう。

 それに首なし騎士の不安は無駄でもあった。


 果物と蜂蜜しか食べませんと言われても信じてしまいそうな愛らしい唇が微かに開き。


「この状況で一年も生きれるわけないだろう。その兜の中はからっぽかね?」


 紡がれたのは滑稽なものを見て喜んでいるような状況にまったく相応しくない嘲り。


 ――…………はて?

 

 デュラハンは己の耳か言語中枢に問題が発生したか、と考え。


「?………………クルアッハ?!」


 自身への疑念から少しだけ冷静になったデュラハンは、首なし騎士的驚愕の叫びをあげることになる。

 視界に映れど完全に無視していた戦士たち。

 少女の護衛と思い込んでいた彼らの半分はデュラハンに刃を向けている。それはよい。当然のことだ。

 問題は残り半分がデュラハンの獲物たる麗しの少女に剣の切っ先を突きつけ今まさに突き刺そうとしており……


「首なし騎士だああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 少女の代わりというわけではないだろうが戦士の一人が野太い声で絶望の悲鳴をあげてくれた。

 叫び声で正気に戻ったデュラハンは慌ててコシュタ・バワーを少女と戦士達の間に割り込ませる。

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