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姫 後始末

 フェイクトピアに案内されルフェイが覗き込んだ天幕にいた生きた戦利品。

 それは縄で縛られ転がされている五人の男たち。

 年齢はバラバラで身に付けているのは簡素な衣服だけ。


「ふむふむ。貴人ではないし女でもないと……ベルフォーセットもまた面倒なものを」


 元領主代理の立場から言えば戦士や騎士が決闘や戦争の戦利品として人間を奪うことは滅多にない。

 なにせエルランドの地で暮す人間の八割が農民だからね。


 大して価値もない農民を攫うなら村ごと全部手に入れるのがこの島の流儀だったりする。

 具体的に所有者――領主から剣で奪う。

 大体ほとんどの農民より馬や牛のほうが役に立つのだ。

 移動させる手間に吊り合うことが戦利品には求められる。


 だから攫うなら農民以外の価値のある人間ということになるけど……敬うべき賢者、魔女、吟遊詩人の三職を襲う馬鹿はいない。

 いたら英雄譚のやられ役として唄に歌われ人生終了だ。


 価値があるけどギリギリ許される。そんな例外の一つが貴人の娘――領主家の女子だ。

 嫁に迎えるために騎士や戦士が意中の姫を攫うのだ。

 大概、攫う前に戦になるし気づかれずに誘拐できても姫の親や兄弟が取り戻そうとして決闘――血を見ることになる。



 そしてもう一つの例外が私たち――ルフェイと首なし騎士とフェイクトピアに見下ろされ涙を流している男たちである。

 彼らは右手だけ太かったり、半身が黒く焼けてたりと見た目はよろしくない。

 だがそれは寧ろ敬意を示すべき誉れだ。

 ルフェイは己の知識とその姿から正体を悟る。


「ゴヴヴの弟子」


 ゴヴヴとは工芸や鍛冶を司る神。

 彼らは匠の神ゴヴヴの技を受け継ぐものたち――職人だ。

 職人は領主の庇護の下で装飾品や衣服そして剣や鎧などの武具を作る。

 ルフェイの知識では彼らが鍛冶職人なのかそれとも飾り職人なのかまでは判らない。

 ただ優れた職人は、牛馬はおろか戦馬以上の価値があるとされ、麗しき姫君たちと攫われる人間最上位を争っている。


「うでょいあふぃはいういふあじあふぃはいぁえおいさい……」


 あー訂正しよう。


 泣いてるのは一人だけだ。

 他の四人は首なし騎士の姿を見た瞬間気絶。

 意識のある一人も意味のある言葉を喋れなくなってる。


「へはじゃぃふぁしぁヴぁーーーーーー……」


 おっと、最後の一人も気絶した。


「騎士殿、どれだけ怖がられているんだい」


「……」


 普通、縛られた状態であの世の騎士に遭遇したら戦士でも恐怖に震える。

 故に理不尽なことだと思いつつデュラハン弄るために話しかけたルフェイだったが、反応がよくない。

 無言で男たちを観察しているだけだ。


 もう儚く愛らしい私にからかわれるの慣れてしまったのだろうか? それともそれだけ恐れらていると自覚があるのか?


 ――もしルフェイに読心術が使えたならデュラハンが『そうだ。この男たちの反応が正しい姿だ。なんで小娘は俺を恐れない』と考えていることが読み取れただろう。


 お互いがお互いのことを思っている――ただし方向は明々後日に逸れてる――姫と騎士。


「……さてさて問題は職人をどうするかだったか。困ったな……解放してさようならとはいかないからね」


 悩んでも答えはでないと判断したルフェイは一旦騎士で遊ぶのを止め目の前に転がる問題へと視線を戻した。

 それはルフェイの優しさ――ではなくて苦痛には緩急をつけるべしという優しさとは正反対の理由だったりする。

 そんな淑女失格な中身を隠して憂いの表情で悩む城なし姫。


「近くの村に預けるわけにもいかないし、放置なんてしたらどうなるか……」


 職人は領主だけでなく騎士や戦士にとっても大きな価値がある。


 理由は剣や槍などの武具の希少さだ。

 それは物々交換が基本のこの島では中々対価となるものがない品。

 錆びた剣一本と雄牛十頭を交換したなんていう話もある。

 持っている者から譲り受けるか、殺して奪い取るか、財宝と交換するか。

 貧乏領主の家では次男以下は武具が揃えられず戦士にすらなれないなんてことも聞く。


 そんな貴重な品を生み出す職人。

 取り扱いには細心の注意が必要だ。


 力のない領主では預けた瞬間、周りの領主たちに『職人寄越せ!』と襲われて滅びる。

 他人のものになるなら殺してしまえとかいう展開もありゆる。

 職人を抱え込めるのはそれこそモルガーナ家のような大領主か王家ぐらいなのだ。

 だからといってルフェイが面倒見るわけにもいかない。

 ルフェイ自身が今は魔女の庵に厄介になってる身。

 あの魔境に連れて行くのは論外だ。


「いやいや。職人を連れてに常夜の森に挑もうとするとかあの騎士は何を考えていたんだか……」


 これだから戦馬鹿の英雄志願者は嫌なんだよ。

 父を殺されてもなんとも思わなかったかが、厄介なものを残して退場したことについては抗議したい。


 一応自立した大人――フェイクトピアに押し付けられないかと一瞥するが。

 とんでもない、といわんばかりに首を振るだけだ。

 役に立たない。


「どうしたものかね騎士殿」


「……職人は貴重だ」


「おやおや? 職人の首にも興味があるのかい。騎士殿の守備範囲はなかなかどうして広いようだ」


 返事を期待せずに相談したら反応があったので思わずからかってしまう。

 なに、つまみ食い程度だよ。


「職人の首級に興味はない。ただそいつらの生み出す武器がなくては戦士や騎士が育たん。それにいずれは……」


「いずれは? 騎士なら最後までいうべきじゃないかな。騎士らしくないよ。騎士殿」


「貴様には関係ないことだ。……それよりそこにいる人間ども出てこい!」


 だがルフェイを無視して野営地の一角へ兜を向け叫ぶ首なし騎士。


「人間?」


 話を逸らす虚言かなと疑いつつルフェイも目を向ける。

 何も誰もいない。

 焼け落ちた天幕や焚き木の跡。

 後は大人しく待つコリュタ・バワー。


 やはり誰もいないと首なし騎士を振り返ろうとした時だった。



 ぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろ……



 小さな岩の陰、焼けた天幕の中、地面の下、並んだ戦士たちの亡骸の間、戦馬車の底――とても人が隠れることなどできそうもない場所から一斉に青い何かが這い出てくる。


「ひゃあわッ」


 それも首なし騎士にさえ恐怖しなかったルフェイが思わず変な叫び声を上げるほど。

 青い人型が視界を埋め尽くす。

 衣の下で鳥肌が立つ。

 彼らは重い思いの姿勢でしかし確かに統率された動きでこちらを囲む。


「流石、伝説に謳われる首なし騎士。我ら吟遊詩人の隠形を見破るとは。邪眼の巨人王にも劣らぬ瞳をお持ちのようじゃ」


 唖然とするルフェイを余所に代表らしき豊かな白髭を蓄えた老詩人が騎士殿に一礼。

 その言葉で野営地で唄を歌っていた吟遊詩人たちだと気がつくが衝撃が強すぎて言葉が出ない。


 多過ぎるしてっきり戦馬車に轢かれたか逃げたと思っていたのだ。


「……こ、こんなに隠れてたのか」


 その存在を指摘した騎士殿も流石に驚いている。


「気配を消し密かに唄の素材を見守るのは詩人の基本じゃよ。して影に隠れるべき詩人を呼び出して何か用かの?」


 蟲か! ルフェイの中で吟遊詩人に対する認識が変わりそうだ。


「この職人たちをどこかの力ある王に預けろ。そこらの馬や牛も好きなだけもっていけ」


 おやおや、案外頭がいいじゃないかと首なし騎士の知性を上方修正するルフェイ。

 厄介だが捨ててもおけない職人をこの覗き魔――ルフェイの中では吟遊詩人の地位は降下の一途を辿っている――たちに押し付けようというのだ。


 この島の人間は生まれた村で育ち働き育み死ぬ。

 税である麦も同じ村にすむ領主に納める。

 農民は村で小麦畑と家の往復だ。


 旅とはごく一部の限られた存在しかできない。

 修行の騎士や戦士。

 戦のための軍。

 王の使者。

 そして吟遊詩人。

 

 吟遊詩人なら旅に慣れており道にも詳しくなにより吟遊詩人から財産――人を奪おうとする領主もいない。

 職人を安全な地、大領主や王の庇護が受けれる場所まで連れて行ってくれるだろう。


「首なし騎士から頼まれごとをするとはのう。長生きはするもんじゃな。よろしよろしお受けしよう」


 ふぉっふぉっと笑いあっさり承諾する老詩人。

 領主の密使を勤めることもある吟遊詩人だ。

 お使いには慣れているのだろう。

 ルフェイ自身も幾度か謀略に利用したことがある。


 だが好々爺然とした態度は本音を隠すためと見るルフェイ。

 加虐嗜好の美少女(わたし)が言うんだから間違いない。

 吟遊詩人へ頼みごとをする場合、牛や馬は報酬として不適当。

 彼らにとって自らの好奇心と創作意欲を満たすことが全て。


 これから起こるだろう惨劇を知っているルフェイは保身のため一歩後ずさる。


「おっといけませんぞルフェイ嬢」


 しかしいつの間にか背後に立っていたフェイクトピアに回り込まれてしまう。


「首なし騎士、牛や馬はいらんからちょっとだけ我らに時間を貰えんか。なにほんの少しだけ聞きたいことがあるんじゃ」


「…………よかろう」


 次の手を考える間もなく騎士殿が老詩人の要求を呑んでしまう。


 なんて浅はかな!


 馬鹿、と罵る間もなく騎士殿が『楽想!!』『素材!!』と叫ぶ青い人雪崩に飲み込まれた。

 それは勢いを落とすことなくルフェイにも襲い掛かり……


 この後、めちゃくちゃ取材された。

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