姫 呆れる
「すんばらしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
なんというううううううううううううううううううううううううううううううううう悲劇ッ!!
なんというううううううううううううううううううううううううううううううううう暴虐ッ!!」
人間が首なし騎士に惨殺された直後にその様に歓喜する吟遊詩人。
彼――フェイクトピア殿は、この悲劇を唄の題材としか見ていないようだ。
領主代行だったころの習慣から口には出さないがルフェイは思う。
この吟遊詩人早くどうにかすべきじゃないかな? と。
出会って半日足らずだがルフェイはこの顎髭中年に対してある評価を下していた。
唄を創れるなら人の命なんてどうでもいい手合い――――自身も含め。
根拠はある。
それは騎士殿の造った道を抜けて魔女の庵に現れたこと。
たとえ道があっても魔境の名を冠す常夜の森、無事にたどり着けるはずがない。
食獣植物が薙ぎ払われていても危険な猛獣害蟲もわんさかいる。
なのに彼はたどり着いた。
それも一人だけ。
ルフェイの推測だがあの道に踏み込んだ吟遊詩人はもっといたはず。
五人か十人かは彼女にも判らない。
だが一人が挑んでその一人が運よく何にも襲われず済んだなんて話より、多数が挑んでたまたまフェイクトピアが生き残ったと考える方が現実的だ。
そしておそらくだがこの蒼い詩人はそれを理解した上で実行している。
コン何某――先ほどの欲望の騎士を典型的なエルランド騎士とするならば、フェイクトピアは吟遊詩人の見本。
「姫を奪わんと名乗りを上げる悪漢!! 騎士たた佇む!! しかし騎士の魂ともいうべき刃が語る!! 『これは俺の女だ』と!!」
天幕が燃え首を刎ねられた亡骸が転がる中、被害者を題材に作詞する精神。
加虐嗜好のある私が言うべきではないが他人の不幸を喜ぶのは人間として如何なものか。
……弁解しておくが、私は他者を弄るが相手を不幸にしたいわけではない。
苦痛と絶望にのたうつ様を鑑賞したいだけなのだ。
まあ、犠牲者にしたらさほど変わらないだろうがね。
「よいですぞ! よいですぞ! ルフェイ嬢の仇を首なし騎士が討つ!! 神はおられた!! 事実は物語より奇なり!! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 首なし騎士は姫の笑顔のため敵陣に一直線ですぞ!!」
鼻血を垂らしながらフェイクトピアが戦士たちを悪役に新たしい英雄譚――悲劇譚かもしれないが――を創作していく。
英雄に成らんと望みながら悲劇譚のやられ役になった哀れな男たちの弔いでもするべきか?
己以上の破綻者がいるためせっかくの酔いが醒めてしまった。
普段のルフェイならまず思いつかない――彼女自身自覚がある――人としては当然の帰結にいたった。
「……何をしているんだい騎士殿?」
しかしルフェイより先に動いているものが一人、いや一体。
あの世の騎士、真性の怪物、不死身の災厄、闇の御者……様々な呼び名を持つ首なし騎士が彼女や詩人など人が成すべきことを既に成していた。
並べられた十を越える戦士たちの身体。
土を払われ亡骸に添えられた首級の列。
墓石代わりに傍らに刺された剣や槍。
首なし騎士殿が黙々と戦いの後始末をしていた。
「見て判らないのか? 戦士や騎士の魂が主の御許に辿り着けるようにだな……」
「いやいや。そうじゃなくてだね。……首級を回収しないのかい? 君、首なし騎士だろ騎士殿」
殺した相手を弔う首なし騎士という世にも珍しい光景に素で訊ねてしまうルフェイ。
首なし騎士が首級を弔ってどうすると。
闇の騎士はやや不機嫌そうに、しかし手を止めず応じる。
「それを貴様が聞くか?
俺が何時あの世に帰れるかはっきり判らない上に今回の顕現は”死の宣告”のためのものだ。
主に捧げることはできぬが任務上駆除した手前、魂だけでもな……近くに塚か沼があれば放り込むのだが」
どうやら魔女殿も知らないもしくまだ教えてもらっていない首なし騎士の規律か流儀があるらしい。
また彼のことを一つ詳しくなれた。
補則しておくと騎士殿のいう塚や沼とは、あの世に通じるとされている場所のことだ。
「クルアッハ!」
大鎌で首を刎ねた戦士たちを主の御名で送る首なし騎士。
尋常な決闘であれば首級を油や塩または蜂蜜に漬けられて何十年も晒される。
それを考えればここまで丁寧な供養をされ戦士たちにも文句はないだろう。
「もっとも送られる先は邪神の治めるあの世だがね」
はるか昔より死後の世界――あの世は幾つかあるとされている。
普通の魂はルダーナを初めとするこの世を去った神々のいる世界、常若の国へ導かれる。
他は戦で雄々しく散った戦士が招かれる喜びの原、海で亡くなった人がたどり着くマナンの宮殿など。
そして逝きたくないあの世ダントツ一位に輝く邪神クルアハの治める闇の国。
賢者の間でも口にするのも憚れると――基本何事も口伝なこの島でだ――詳しい伝承は残っていない。
「興味深いですな闇の国ですか! 彼らが羨ましい! 我輩、常々死んだら一度は行ってみたいと思っておりますぞ。どうすれば確実ですかな?」
例外はフェイクトピアのような吟遊詩人ぐらい。
見ると騎士殿も理解できないのか兜の眉間部分を押さえている。
『どうすれば闇の国にいける』なんて面と向かって言われたことがないのかもしてない。
場の雰囲気を読んだのか、鼻血を流して冷静になったのか、青い詩人が声を少し低くする。
「あーどうかされましたかな? …………ああ! 今のは今すぐあの世に逝きたいということではありませんぞ! 我輩、まだまだまだまだこの世で創らなければならない唄がありますれば。そうそうルフェイ嬢! 首級はどうされますか! 首なし卿もあれやこれやありますがどうですかな!?」
騎士殿に首を刎ねられて闇の国に強制入国させられと思ったのか吟遊詩人お得意の話題逸らしをするフェイクトピア。
母の教育のせいで吟遊詩人を蔑ろにできないルフェイは応じざる得ない。
「首級と申されましても……戦ったのも勝たれたのも首なし騎士様ですから。私からはなにも言うことはありませんわ」
淑女は宴――褒美や戦利品の分配――には口を出さない、これも母の教え。
だがそんな私の態度に違いますぞ違いますぞと訴える詩人殿。
「我輩が申しておりますのは父君の首級ですぞ! ルーサー卿はコンブレ卿に敗れたと聞いております。この陣のどこかにルーサー卿の首級もあるはずですぞ!」
「ああ……」
そういえばそうだったか、と父の首級について思い至る。
父の首級については正直どうでもよいというのが本心だ。
モルガーナ家が謀反人に奪われ、既に領主代行ではないルフェイにとってルーサーの首級は価値がない。
領主代行の地位にあるならば家の名誉を回復させるために取り戻した。
もしルフェイが成人した男子であるならルーサーの首級の奪還は正当な後継者の証となるが……ルフェイは女だ。
最期の死に顔についても満面の笑みを浮かべて果ててはずなので観賞したいとも思わない。
弟のオルフェノウなら見たいと思うだろうか? とも考えるが五才で離れ離れになった弟の趣味嗜好までは……
「いらん」
悩むルフェイとは逆にあっさりと答えるデュラハン。
興味ないとばかりに勝者の権利として得られる全て――コシュタ・バワーの蹂躙や火事を逃れた戦利品や略奪品、野営地の外にいるであろう荷馬や戦馬など一切合財放棄してしまう。
「無欲だね。騎士殿」
「……首は己の鎌で刈ってこそ意味がある」
なるほど首級以外は論ずるまでもない、ということかな。
「『身を慎むべし』、これぞ正に騎士の鏡ですな! これはまた一節思い浮かびましたぞ!」
吟遊詩人は、どこかの流派の”誓約”を持ち出し首なし騎士を称える。
デュラハンが騎士道など知りもしなければ意識してないことを確認済みのルフェイは苦笑する。
そしてこの場で最も価値があるのは、無欲な首なし騎士自身だと気がつく。
「あの世の戦馬六頭に館が乗りそうな戦馬車――それに不死身の騎士。さて……どれほどの価値になるのかな?」
この島では完全武装の騎士と戦馬一頭で雄牛五十頭の価値があるとされている。
ルフェイの騎士殿の価値は、雄牛千頭でも釣り合わないだろう。
そんな他愛もないことを考えていると、
「あ!」
なにか思い出したのか青い帽子の上から頭を掻き掻きフェイクトピアが顔を顰める。
「しかし放置するにしても少々が問題がありますぞ。ベルフォーセットのものはほぼ皆殺し。生き残りも逃げたようなので……その……生きた戦利品はどうされるおつもりで?」
「牛馬の類でしたら逃がしてあげれば…………もしや……?」
歯切れの悪い吟遊詩人に牛や馬なら放せばいいと提案しかけたルフェイは、戦利品の正体に思い至る。
牛馬ではない生きた戦利品。
豚や鳥であれば詩人殿も言いよどむまい。
つまり……
「ルフェイ嬢大正解! 五人ほどあちらに転がっておりますぞ。はははははははは……」
人間だ。
笑い事ではないでしょう、と面倒な戦利品にルフェイは溜息をついた。




