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姫 味わう

 首から上を失ったコン何某だかの巨体がゆっくりと倒れていく。


「うんうん……まあ、あんなものだろうね」


 ルフェイは父であるルーサー=モルガーナを殺した騎士――コンプレの末路を取るに足らない些細なものとしてそう品評した。

 騎士殿で楽しむために少々焚きつけてみたが話にもならなかった。

 そこに――理由はどうあれ――生贄の姫を救おうとあの世の騎士に挑んだ勇士への労わりはない。


 始まる前に終わった英雄譚なんて誰も気にしない。好悪ともに評価外。

 精々が魔女の教えを実証してくれた検体という扱いだった。 

 人は現在進行形の物語にこそ耳を傾ける。

 ルフェイとてそれは同じだ。


 今一番のお気に入りへと視線を落とす。


「さてさて。以前も訊ねたと思うんだが……婦女子の服の中を見ようとするのは騎士殿の嗜好かい?」


 ルフェイは趣味と実益を兼ねて自らの両脚の間、青い衣装の裾ぎりぎりに転がる首を覗き込んだ。

 首――あの世の騎士の頭部はコン何某かの一撃で突き飛ばされ観戦していた彼女の足元まで転がってきたのだ。

 常は赤い目が覗く面貌から無骨な槍が伸びている。


 普通の人間ならば兜の中身は頭蓋すら爆ぜ原形を留めないひき肉となっているだろう光景。

 しかし首だけの首なし騎士はいつもと変わらぬ声で応じる。


「黙れ。誰が小娘の股など見たいと思うか。ここに飛ばされたのは偶ぜ、ブッ」


 騎士殿の言葉を途中で遮ったのはルフェイだ。

 具体的には兜を片足で固定――踏んだとも――槍を引き抜いた。

 魔女マーティスに教わった首なし騎士についての情報を確認するためである。

 

 騎士殿のもの言いがカチンときたからではない。


 ただ踏みつけるとき捻りを加えより屈辱を与える気遣いをしておく。


「おや?」


 引き抜きやすいように踏みつけたというのあっさりと槍が抜けてしまう。

 まるで刺さっていたというより差し込まれいただけのように。


「これはこれは推測以上だね」


 ルフェイが両腕のみならず体で支えても重いその槍は、既に槍では無くなっていた。


 鋼で作られたと思しき穂先は捻じ曲がり、柄はその穂先がめり込むことで落雷にあった木のように裂けていたのだ。


 戦には詳しくないルフェイだが巨人の脛を突いたとしてもこうは無残に壊れまい。

 使い手の技量が尋常でなかったのもあるだろうが、それ以上に理外の強度を持った何かを突いたためだろう。


 槍だったものを手放し踏みつけていた騎士殿の頭を抱き上げるルフェイ。


「小娘、騎士の頭を踏むとは! 何を考えて、い、る……」


 屈辱に震える首なし騎士の姿に少女のやましい心が満たされていく。

 もう少し味わいたいが『竜すら虜にする』と詩人に謳われた瞳で見詰め黙らせた。

 抱きしめた兜のその隙間、槍が貫いたはずの赤い瞳へと指を伸ばすルフェイ。


「な、なんのつもり……やめろ、触るな撫でるな! くすぐるな!」


 琥珀の瞳に魅せられていた騎士殿が正気に返り喚く声と指先から伝わる硬く冷たい石のような感触。

 両方がルフェイの加虐的嗜好と首なし騎士の頑強さの確認という実益を満足させてくれる。



 魔女曰く、首なし騎士は生者でもなければ死者でもないこの世の理の外に従わない理外の災い。



 故に人の造った武器、この世の武器では殺せない……らしい。

 既に知識として学習していたが、愛とか叫んでいた騎士が鋼の槍で目玉を突いても傷一つついていないことで実感できた。

 眼球を潰すつもりで指を差し込んだのに撫でる程度にしか感じてないのでこれは確実だろう。


「実に実に弄りがいがあるね」


 騎士の頑丈さに歓喜を覚える。

 ルフェイは倒錯した思いに胸を震わせた。


「いい加減にしろ!」


「おやおや?」


 次は首の断面でも舐めようかと画策していたルフェイの腕からデュラハンの首が奪わる。

 もとい取り戻されてしまった。


 何時の間にか首なし騎士の身体が戦馬車の元まで戻ってきていたのだ。

 首を槍で突かれても気にせず相手の首を刎ねるという常識を無視した戦い方。

 これも理外の怪物の証といえる。

 だがそれだけではない。

 もっと非常識なのだ。

 首なし騎士というものは。


「……流石にそれ(・・)は卑怯過ぎないかい。騎士殿。変形する武器なんて見たことも聞いたこともないよ」 


 よこしまなる思いを満たせなかったルフェイは仕方なく言葉責めへと切り替えデュラハンを非難する。

 彼女が指差すそれとは首なし騎士が右手に掴んでいる得物――大鎌だ。


 決闘が始まるまで柄に垂直に刃を付けた薙鎌という形状だった大鎌。

 今は柄に対して水平に刃を伸ばした戦鎌と呼ばれる形に変わっていた。


 武器を取り替えたとか見間違いとかではない。

 ルフェイが言葉にしたままだ。

 戦いの最中に変形したのだ。


 変形したのは首なし騎士が相手から大鎌を隠すように構えた時。

 ルフェイは少し離れた戦馬車から観戦していたので、大鎌が生物のようにうねり刃の角度や柄の長さまでも変えるのをはっきりと見みれた。

 結果、大鎌の間合いは伸びそれを知らない相手は容易く首級刈られることとなった。


 多くの英雄譚を知るルフェイでもなんだいそれは、と呆れるほどの悪辣さだ。


「長さや形が変わるぐらいがどうした。妖精など火を吹く槍に大地を断つ剣。他にも無限に伸びる鎖なんていうものまで使ったのだぞ。闇の構えに真っ向から突っ込んでくるほうがおかしい」


 首なし騎士は間合いの変わる武器なんて卑怯でも何でもないと平然と主張。

 隠した武器を警戒しないほうが悪いとまで言う。

 まあ、存在そのものが反則すれすれどころか明らかに踏み越えてるあの世の使者だ。

 変形する武器の一つや二つ気するはずもないかと納得してしまう。


「…………」


 言葉責めに失敗したルフェイは憂いを帯びた表情をする。

 母の教育方針で戦に関することは学ばなかったためより深く話をすることができないからだ。

 英雄譚では語られない戦士同士の駆け引きは想像するしかない。

 ”戦”という首なし騎士で楽しめる話題について無知なことを残念に思うルフェイ。

 飢餓感にも似た物足らなさを埋めるため騎士の目玉を撫でた指先を舐めてみる。


 うっすらと舌を刺すのは鉄錆にも似た死の味……悪くない。


 首なし騎士を別の意味で少し味わえたと頬が緩む。

 騎士殿は何してんだこいつと言わんばかりの視線を向けてくるがそれもまた心地良い。


 焼ける天幕と戦士たちの亡骸の中心で、月と首なし騎士を味わい愛でるルフェイであった。






 だがそんな歪み曲がった倒錯空間は無粋極まる笑声にぶち壊される。

 首なし騎士殿はよくやったと褒めるだろう。


「うほほほほほ!!」


 二人だけの世界を邪魔したのは戦馬車の陰から騎士決闘から姫の慕情までを見物していた変質者。


「我輩絶頂でありますぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 訂正、吟遊詩人――フェイクトピア殿だった。

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