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姫 惚気る

「フェイクトピア様。私がマーティス様の庵にお世話になっているのは首なし騎士殿が助けてくださったからです」


「ほほう。首なし騎士が人助けを」


「はい。私が悪漢に襲われていると白馬の王子様のように颯爽と駆けつけて……」


「おー情熱的出会いですな。創作意欲が湧きますぞ」


 詩人からどうして魔女の庵にいたのかと問われたのに何故かデュラハンとの出会いを語りだすルフェイ。


 毎度のことながらデュラハンと他の人間とで態度が違いすぎる、とデュラハンは呆れる。

 目上の者には丁寧に応じているというなら首なし騎士へも礼節を持って然るべきだと思う。


 何か蔑ろにされるようなことでもしただろうか?

 

 デュラハンの心中など知らんとばかりにルフェイは彼女の主観としてぎりぎり嘘にならない真実を語る。


「私に手を向けると魂が抜けてしまうほど情熱的な告白をされて、そうあれは『あなたの全てを奪いたい』といわれたように感じました」


 出会った際、指差して”死の宣告”を刻んみ命を奪うとは宣言したが随分と脚色及び捻じ曲げられいる。

 『感じました』という主観的表現をしているのも故意にだろう。

 デュラハンとしてはこのまま適当な話を吟遊詩人に吹き込まれるのはおもしろくない。

 訂正しようと面頬を振るわせかけ思いとどまる。


 待て慌てるな、これは――――小娘の罠だ!


 首なし騎士六千年の勘が雷鳴とともに頭の中を駆け抜けたのだ。

 ここ数日ルフェイはデュラハンを言葉で誘導し話題に引き込みこきおろしてきた。

 つまりこの”首なし騎士の物語お姫様を救う編”は囮だ。

 デュラハンが否定しようと割って入れば自ら落とし穴に落ちるようなもの。

 それを証明するように小娘は首筋を赤らめ恥らう様子を見せつつこちらを意識している。


 浅い浅い小娘! 所詮百年も生きていない人間がこの首なし騎士界最古参のデュラハンに読み合いで勝とうなど約五千九百年早い!


 ここ数日の敗北より学習したデュラハンはあえてルフェイの話を訂正も妨害もせず喋らせることに決めた。

 森の外で野営している厄介者たちへ集中する。


「赤帽子から私を守って叫ぶのです。『これは俺のものだ!』と」


 ぺらぺらと都合のいいことだけ話す城なし姫。

 その言葉の前に苦情を述べたはずだが、という指摘もぐっと堪える首なし騎士。

 だがデュラハンが罠に喰いつかないことにルフェイも勘付いた。

 ほう、と呟き琥珀の瞳を細める。

 少し賢くなった獲物に感心する狩人の目だった。

 デュラハン自身も手強い戦士とか相手によくしているから分かる。

 そして次にどう動くかも。

 更なる攻勢攻勢攻勢攻勢。

 相手の許容限界点を超えるまで攻撃を続け破綻させるのだ。


 デュラハンはぐっと下顎に力をいれ備える。


 あることが分かっている罠など罠とは言わない。


「首なし騎士殿は戸惑う私を逞しい腕で抱くとその、顔を私の胸に埋めて……強く……激しく……」


「そこで言い難そうに言葉を切るな小娘ぇーーーー!」


 名誉毀損の危機を前にして思いっきり罠にかかる首なし騎士。

 自称あの世の騎士六千三十五歳の声が常夜の森に響き渡った。


 絶叫したデュラハンはあの魔女の入知恵に違いないと憤る。

 三十年ほど前、底なし沼に沈んでいくデュラハンに『本当の罠ってのはねぇ。分かっていても避けれない罠なのさ』と魔女マーティスが勝ち誇っていたことがあったのだ。


 学習の成果は一年後”刈り取り”まで温存しておけ獲物よ!


「冤罪だ!」


「罪人は皆そう言いますな。『我に咎無し!』『僕は嵌められたんだ!』…………で、邪神の声でも聞かれましたか?」


「酷いな騎士殿。あの夜、私が倒れるまであんなに激しく」


「嘘泣きをするな。戦馬車に乗れないから抱き上げただけだろ。それに貴様が倒れたのは貧弱なだけだ!」


 自称あの世の騎士デュラハン六千三十五歳は、俺は無実だ冤罪だと偽りの咎に対して潔白を供述。

 口元を押さえ泣いてるふりをしているが絶対に笑っているだろ小娘と憤る。


 確かにデュラハンは赤帽子を駆除した後、ルフェイを抱きしめた。

 しかしそれはデュラハンの愛車である戦馬車が理由だ。


 戦馬車の車輪の直径は並の成人男子の背丈以上、車輪軸の上に固定された板――床の位置はルフェイの胸の高さになるほどの車体規模。

 六頭のコシュタ・バワーに曳かせているのは酔狂でもなんでもなくそれだけの馬力がなければならないだけのこと。

 森に造られた道にくっきりと残る二本の轍も圧倒的重量と巨大さを示している。


 そんな戦馬車を前に『乗せてくれないかね騎士殿』と言われれば抱き上げるしかないだろう。


「確かに抱き上げる時左腕が――頭も小娘の胸元に当たったがそれは不可抗力。そもそも胸など興味は無い!」


 そう。あの世の住人であるデュラハンは人間の女の胸になど興味はない。

 好きなのは首であり、ぎりぎり鎖骨までだ。


「そういえば……庵から移動する時も抱き上げていましたな。残念、既に歌詞も思いついていたのですが。『二人は禁断の馬車を走らせた。それは痛くて甘い罪』とかいかがでしょうか?」


「捏造をするな。真実を語れ吟遊詩人!」


「ではいっそ今からここで罪を犯されても……」


「…………」


 歌のために真実を捏造しようとする吟遊詩人の根性に言葉も出ない首なし騎士。

 そこまでして歌を創りたいのかと呆れに近い感情を覚える。

 過去の”刈り取り”の時も吟遊詩人たちは巻き込まれるの恐れずデュラハンの振るう鎌の間合いに肉薄してきたが……やはり呆れるしかない。


「駄目ですかな? そうですか駄目なようなら……ルフェイ嬢、抱きしめられた後の続きを……ルフェイ嬢?」


 罪を促すことを諦めたフェイクトピアが話の続きを聞こうとしてもルフェイが返事をしない。

 罠にかかったデュラハンの醜態を満足そうに味わっていたはずが、今は木に寄りかかり胸元に手の平を当てて固まっている。


「ルフェイ嬢?」

「どうした小娘」


 返事は無い。

 まさかまた気絶しそうなのだろうか?

 罠の可能性もあるがルフェイが突然倒れてもいいように腕を伸ばすデュラハン。


「……不快なものだね。いやいや。話を振ったのは私だし予想もしていたよ。しかし興味ないと言われるとそれはそれで中々に中々に不快なものだね。いやいや。話を振ったのは私だし予想もしていたよ。しかし……」


 近づくと小娘は口の中で反芻するように何か呟いていた。

 それも愉悦の笑みを浮かべながらぶつぶつと。


 デュラハンの背筋を氷柱で串刺しにされたような怖気が奔った。


 人の身に生まれ変わった女神かと疑うほどの美貌と外見から想像できない陰湿悪辣な中身。

 人外である首なし騎士さえ世の不条理を嘆きたくなる存在。

 そんな存在が不気味に笑うのだ。

 凶兆――よくないことが起こる前触れかもしれない。


「おい。小娘」


 思い切ってルフェイを揺さぶるデュラハン。


「え、あ、な、なんだい。どうかしたかね騎士殿?」


「それはこちらの台詞だ。様子がおかしかった。また疲労か」


 心配するデュラハンからふらつくように一歩距離をとるルフェイ。


「いやいや。なんのことかな? 私は騎士殿の姿に見蕩れていただけだよ。あの慌てた姿をね。……ところであっちはいいのかい?」


「あっちだと?」


 小娘の指差す方向は――森の外、戦士たちの野営地。

 酔漢の明るい笑声や宴の楽で騒がしかったそこは何時の間にかまた違った意味で騒然としていた。


「騎士殿の声で気がつかれたんじゃないのかな?」


 剣帯を掴む戦士や馬に手綱をつける供回りたちそして指揮を取る騎士の槍の穂先は夜の闇を貫き森――首なし騎士たちが隠れる場所を指しているのだった。

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