表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/66

首なし騎士 物見する

 常夜の森の外、星空の下。

 夜風と木々の囁きが静かに語らうだけの地に焚き木の火と煙、そして熱い熱い喧騒。

 酒杯を掲げ猛る戦士たちが集結していた。


「……本当に集まっているな」


「だから我輩が申したではありませんか。信じておられなかったので? おおおお、この悲しみをどうすれば…………一曲いかがですかな。題名はフェイクトピア作……」


「黙れ。煩い。殺すぞ」


 歌いだそうとするフェイクトピアを何のために夜の闇隠れていると思ってるんだ、と諌めるデュラハン。



 胡散臭い吟遊詩人から森の外に英雄志願の戦士たちが集まっていると知らされた首なし騎士は偵察のために戦馬車を走らせた。

 任務にこれ以上不確定要素が増えるは避けたかったのだ。

 そう、あと数日でルフェイを王国に引き渡せるというところで魔女の庵に有象無象の輩が押し寄せることは。


 だが現実は無情。

 吟遊詩人――フェイクトピアの見間違いや嘘を期待したのだが見事に裏切られた。

 戦馬車を降り木々に身を隠して見詰める先には武装した男たち。


「三十人どころか五十人以上はいそうだね」


 私もついていくよ、といって戦馬車に乗り込んだルフェイが人数を確認する。

 庵に残して勝手に死なれたら困るのでつれてきたが騎士殿どうするのかなー?、と笑う乳白色の頬を引っ張ってやりたい。


 つまんだら……軟らかいだろうな。


「一日と少しで随分と増えてますな。天幕の中にいるのも含めますと更に増えるかと。いやー満員御礼ですな。はははは」

 

 ふざけた口調で明るく嫌な追加情報をほざくフェイクトピア。

 こちらは我輩も、と叫んで勝手に戦馬車にしがみついてきた。

 死ぬーとか危険運転反対とか喚くので叩き落してやってもよかったのだが、同乗していたルフェイが足に縋り付いていたので断念せざる得なかった。


 尚、魔女マーティスは庵に居残り。

 『おまえなんぞの戦馬車に乗るなんて御免被るよぉ』とのことだ。

 デュラハンも幾度も”刈り取り”を妨害された相手を意味も無く乗せたいとは思わない。

 大体、六十年前に仲間を撫で斬りにした恨みからかやり方が陰険悪辣なのだあの魔女は。

 首なし騎士が不死身だからといって井戸に落として岩で埋めるとかやってくる。

 他にも底なし沼で…………魔女の所業を思い返すより目の前の現実をなんとかせねば、とデュラハンは戦士たちに意識を戻した。


「たった五日だぞ。どこから湧いて出たこいつら」


 最初に思ったのは不自然なまでの戦士たちの集結の早さと人数だ。

 この島での噂の伝達と人間の移動には時間がかかる。

 賢者や魔女の使い魔を除いて徒歩か馬が主流だ。

 海岸付近なら船という手もあるが常夜の森は島の中心にあるので除外する。


 デュラハンが森に造った道を翌日に近隣の村の住民が見つけても、五日では隣村かその隣程度までしか広がらない。

 フェイクトピア曰く、既に噂は島中に広がっているいるらしいがありえない早さだ。

 ……まあ、そちらについては予想というか原因に心当たりがあるのだが。

 とにかくその二つか三つの村を治める領主が配下の騎士や戦士を装備無しで馬走らせても五十人はありえない。十名を超えればいいほうだ。

 それ以上の遠方では移動自体が間に合わない。


 なのに首なし騎士の視線の先にはちょっとした村といっていい規模の野営地ができていた。


 森に近すぎずそれでいて火の明かりは届く程よい距離に円状に天幕を張りその中心に幾つかの焚き木が燃やされている。

 森から化け物が襲っても即座に気がつけ天幕が防壁代わりになり迎撃の時間が稼げる配置だ。

 迂回しても森と反対側にも馬と馬番――馬は非常に価値があるため普通専用の世話役や見張りがつく――がいて警戒しているだろう。


「なんなんだこいつらは」


 ”刈り取り”の時なら嬉々として大鎌を握り締め飛び込みたく獲物なのだが、今ここにいるべきではない統率された戦士の集団にデュラハンは手の平で兜を回転させる。


「常夜の森に謎の道ができたと聞いて何かの兆しと思ったんだろうね。あれだよ『俺の英雄譚が今始まる』とか全員夢見てるんじゃないかな。…………ん? あの紋章は……」


 デュラハンの感じた異質さを理解できないらしいルフェイはしかし別の何かに気付いたようだ。

 デュラハンが視線を送ると嬉しそうに顔を綻ばせる。


「なるほどなるほど。彼らはここらの騎士や戦士ではないよ。ベルフォーセットの者たちだ」


 笑う姫を訝しく思いながらも再度野営地に目を向けるデュラハン。


 先ほどは意識しなかったが天幕の横に旗が立っておりそこに描かれているのは双頭の狼……いや首輪を付けているから猟犬だ。そして猟犬の背後で交差する二本の投槍。

 それはエルランドの北に存在するベルフォーセット王国で使われている紋章だった。


 この島は東西南北にそれぞれ王国があってそれぞれ好まれる紋章が違う南――小娘の暮すレンスター王国では烏が好まれ、西の国は雄牛、東は竜だ。

 で件のベルフォーセットは猟犬を好み投槍も同じく好まれている。


 言われてみれば北で好まれる投槍が積まれているし、樽の蓋を的に投げ比べをしている戦士たちもいた。

 一緒に使う身の丈ほどの涙滴型の盾もある。

 北の戦士たちはあの大きな盾を構え身を隠しながら投槍を一斉に放つ戦術を得意とするらしい。


 戦士たちの正体は判った。

 それでもまだ謎は残る。


「何故、こんな島のど真ん中に北のベルフォーセットの戦士が…………そうか戦争」


 口に出している内に答に気がつくデュラハン。


「そうそれだよ。私の父が喜びの原に旅立ったレンスターとベルフォーセットの戦争だ。略奪も終えて首級片手に帰る途中に噂を聞きつけて集まってきたのかな。まあ、軍の一部だけみたいだが馬もあれば物資もある。なにより勝ち戦だったからね。それはそれは調子に乗って馳せ参じたろうさ」


 ルフェイがよく判ったね偉い偉いと褒めてくる。

 自身の父の仇を目の前にしてるというのに不自然なほど自然、普段どおりにデュラハンをからかう。


「それだけではありませんぞ」


 フェイクトピアがルフェイの言葉を継ぐ。

 戦士が裸で踊りだし供回りの少年が天幕に連れ込まれるこの島で一般的な戦争前夜の光景。

 武器の手入れをしながら酒杯を仰ぎ自慢話に華を割かせる男たち。

 そんな中、宴に竪琴鳴らし歌う青い影。

 吟遊詩人だ。

 それも十人近く。 


「我輩を始め戦争歌を謳おうと多くの詩人も集まっておりました。であればこそ噂が流れた後は一瞬で広まった次第で。はははは」


「結局貴様らが原因か!」


 悪い意味で予想が的中して怒るデュラハン。

 戦士たちに聞こえないように静かに怒鳴る。

 吟遊詩人が一枚噛んでると薄々思っていたのだ。


「はははは。言の葉を運ぶのが詩人の務めでありますれば。そういえば……ルフェイ嬢のお父上はかの高名な”美丈夫”ルーサー殿でしたな。なぜ魔女の庵になぞ?」


 釈明する気があるようで全くないフェイクトピアがわざとらし過ぎる話題の転換をする。


「…………」


 ルフェイは答えようと口を開きかけ、その状態で静止。

 たっぷり十数えるほどの間を置いてからこちらを一瞥。


 ……嫌な予感しかしない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ