始まりは血の華とともに
「ガッ!」
首が飛ぶ。
「ギャア!」
首が飛ぶ。
「ヒィィッ!」
首が飛ぶ。
「何故だ何故だ何故だ!!」
首が飛ぶ。
断末魔を伴奏に血の華が咲き乱れ、黄昏染まる赤き空に首が飛ぶ。
剣に盾に兜に槍にと完全武装した戦士達が次々と首を刈り取られていく。
剣で受ければ剣ごと。
盾を構えれば盾ごと。
槍や兜は言わずもがな。
死の大鎌が無慈悲に刈り取っていく。
その戦士達はとある命を帯びていた。
人を一人始末しろ――つまり人殺しだ。
それも標的は戦うすべを知らない若い娘。
戦士として、人間として、男としてあまり誇れる仕事ではなかったが全ては栄達のため。
騎士にしてやるという甘い言葉に抗することができるだろうか。
首尾よく森に逃げ込む前に追いつけたのは幸運だった。
しかし殺す前に軽く楽しもうとしたのが拙かった。
標的が美しい娘でなかったら。
さっさと槍で一突きしていれば。
全ては”たられば”の話。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ――?!」
首が飛ぶ。
「に、逃げえ――……」
首が飛ぶ。
「畜生っ! 嘘だ嘘ッソギャ!」
首が飛ぶ。
首尾よく追い詰め、さあ楽しもうとした瞬間にそれは現れた。
御伽噺じゃあるまし白馬の王子様の如く突然の割り込んできたのだ。
――白馬の王子様の対極にあるべき怪物が。
この国に、この島に生まれた者なら誰もが唄に聞いたことのある化け物が。
村で街で王都で吟遊詩人が語る。
『黒い首なし馬が曳く戦馬車を見てはいけない』
眼を潰され闇に堕ちる。
『あの世の御者、闇の騎手、残酷な騎士に挑むな』
なぜなら未だ勝利した英雄はいない。
『それは死の化身。ただ逃げよ。黄金の輝きが闇を照らすまで』
幼き日に恐怖した悪夢が、絶望と終焉を伴って戦士達の前に立ちふさがっていた。
全身を覆う蛇の想わせる不吉な黒の鱗鎧。
肩から上にあるべき首は、漆黒の兜に包まれ左腕に。
右手が振るうは人の脊髄を模した柄に三日月の刃を備えた不気味な大鎌。
不吉な風切り音が鳴る。
「どうして! どうして首なし騎士がッ! 化け物が人間を守ーーーーーーッ?!」
最後の戦士の首が理不尽を叫びながら飛んだ。
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首なし騎士デュラハン。
戦士達は戦うことを望んではいなかった。
人間が人間を殺そうとしただけなのだ。
それを化け物が邪魔をした。
至極真っ当な抗議の断末魔が虚しく消えた。
故に哀れに感じたデュラハンは、それまでの沈黙を破り応じる。
「どうして俺が人間を守ってるかだと? それは俺が聞きたい。……娘、なぜ命を狙われていた?」
戦士達の問いはそのままデュラハンの問いでもあった。
ゆっくりと後ろを振り返る漆黒の騎士。
そこには首なし騎士に守られていた人間――十二、三歳ほどの娘が佇んでいた。
黄昏に揺れる長い銀髪は夕日に朱に染められ琥珀の雪が降る瞳は狼眼石を想わせる。
石ではなく雪を削った像のようにただただ白い肌に花びらを添えたような唇。
その顔は、はるか昔に栄華を誇った森妖精――エルフにさえ劣らぬ美貌。
鮮やかな若草色の貫頭衣に包まれた肢体は流れ落ちる滝の如く清廉であり。
高貴な身分を示す金銀の装飾品は主の美しさの前に霞んでいた。
なにより容易く手折れそうな首と喉から胸元への弧が狩猟心をそそる。
デュラハンが今まで出会った中で最も美しく儚い人間。
それは命持たぬあの世の御者が見蕩れるほど。
「私もぜひ聞きたい。普通ここは白馬の王子様の出番だろ。配役と出番の両方を間違っていないかね、首なし騎士殿?」
しかしデュラハンの問いに応じた娘の声は、その容姿とは裏腹にからかうような響きを含んでいた。
「ふむ。それとも私の白馬の王子様に志願してくれるのかい。随分と熱烈で過激な売り込みだね」
否、歳相応の幼さを残しながらも外見を裏切る口調のそれは明らかに楽しんでいる。
夕日と血が創る紅き世界を愛でつつ喜色の笑みを浮かべているのだ。
そして『なぜ狙われている』の質問に答えはしない。
「………………」
デュラハンは容姿とその悪言のあまりの落差に天を仰いだ。
普段の彼ならこのような物言いをした人間は即座に斬り捨てる。
しかし今はできなかった。
なぜならこの小娘は今年の獲物なのだ。
……それも刈り取れるのは一年後の。
どこで判断を誤ったんだ、という言葉を飲み込んだ騎士は、今日の己の行動を反芻することにした。