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詩人 押しかける

「首なし騎士が浚いしは

 琥珀の瞳もつ歌姫

 深く日射さぬ闇の森

 マーティスの庵に捕らわるる


 馬を駆けよ勇者たち

 剣を掲げよ英雄よ

 夜風を切り裂く鋼の刃

 今振るわずにいつ振るう」


 勇壮な調べと深みのある声が魔女の庵を満たしていた。

 三人の観客を相手に語られるそれは首なし騎士に浚われた姫君を救うため島中の戦士が立ち上がる物語。

 だが戦士たちが森に足を踏み入れる直前で妙なる調べは終わりを告げ。

 胸に響いていた声音は軽佻浮薄なものへと化けてしまう。


「いかがでしたかな? フェイクトピア作、琥珀姫の受難、首なし騎士退治編序章は。続編は近日公開ですぞ。聞かなきゃ後悔すること間違いなし!」


 冗談交じりのそれに観客――デュラハン、ルフェイ、マーティスの三人は唄の余韻とはこうも容易く台無しにされるものかと思った。


「俺は帰れと言ったはずだぞ吟遊詩人。それにその唄はなんだ」


 そう軽佻浮薄な声の主、自称インベント=フェイクトピアと名乗る吟遊詩人は、デュラハンの帰れという命令を無視してずかずかと庵に入り込み、マーティスが誰何する前に竪琴を取り出すや謳い始めたのだ。

 それも誤解と虚偽が数多く含まれた唄を。

 あまりに唐突、あまりに礼儀知らずなその行動にルフェイとマーティスの二人も事態が飲み込めていない。


「ははは、帰れと言われて帰るようならこんなとこまで来ませんぞ。我輩、無駄足大嫌いですからして……」


「俺の知ったことか」


「そんなつれないことを仰らずに。それにしても我輩感激ですぞ。本物の首なし騎士をこんなに近くで生で語らえるとは思わず裸で走り出したくなりますな。お近づきの祝いにもう一曲……」


「で、あんたはなんなんだい」


 吟遊詩人の戯言に割り込んだのは庵の主、黒き魔女マーティス。

 首なし騎士に相手をさせていては無駄に時間を喰うと判断した老婆は、とんがり帽子の下から鋭い眼光で詩人を射抜いた。

 流石にこれは真面目に対応しなければ拙いと思ったのか詩人は羽飾りのついた青い帽子を脱いで一礼する。


「我輩の名はインベント=フェイクトピア。吟遊詩人パウル=ゲイブルの弟子にして今売り出し大注目の若手吟遊詩人です。はい」


 真面目な態度は台詞の半分で終わり後半は踊りだしそうな身振り手振りで猛烈に目立とうとする。

 三人しかいない聴衆相手に、だ。


「吟遊詩人なのは見れば判るよぉ。まったく、あのゲイブルの弟子かい……あたしが聞いてるのはなんのために来たかってことさぁ」


 そう男が吟遊詩人なのは見れば判る。

 デュラハンも庵の外で見たとき気づくべきだった。

 帽子や外套の装いから吟遊詩人だと。


 この島には地位や血筋に関係なく特別視される三つの職業がある。

 賢者・魔女・詩人の三職だ。


 賢者は長年伝えられてきた膨大な知識で王の政を補佐し戦争の交渉、後継者の選定、裁判役など繁栄をもたらす存在として敬われる。

 魔女は病の治療や神の慰撫と天の怒りや神の災いを押さえることで害を減らす存在として畏怖される。

 最後の詩人は読み書きができるもののほとんどいないこのエルランドの地で、民に歴史や英雄譚を謳い楽しませ遠方の出来事を知らせる存在として愛されている。


 それでこの三職――賢者や魔女それに詩人は纏う服の色が大体決まってるのだ。

 賢者は白、魔女は黒、詩人は青となっている。

 過去に存在した偉大な賢者や魔女や詩人にあやかってるらしい。


 まあ、賢者の知識を持ちながら黒い魔女であり続ける例外もいるが。

 デュラハンはマーティスをちらりと眺めた後、視線を青い詩人フェイクトピアへと戻す。


 服の色については他にも農民は茶や灰色など地味な色だったり――鮮やかに染めた布は貴重――地位の高い男性は明るい暖色系の服が好まれたりとある程度傾向がある。

 故に衣装や持ち物からその人間がどの程度の地位でどんな職のものか判るのだ。


「なんんためにかと? なんのためにかと問われればそうですな~~……」


 子供でも一目吟遊詩人と判るその男――フェイクトピアはマーティスの質問に即座に答えず竪琴の弦を撫でながら勿体をつける。

 答えるのを拒んでいるというよりどう答えれば面白いか悩んでいる様子が見て取れた。

 なにか思いついたのかフェイクトピアの口元がにやりと動く。

 だが、


「なるほど。魔境たる常夜の森に突然謎の道ができたので見聞を広めるため足を御運びになられたんですね」


 悪戯小僧みたいに笑った詩人の先手を取ったのはそれまで無言だった小娘だった。

 三つ編みにされた少女の銀髪を囲炉裏の火が朱に染めている。

 その顔は明らかに詩人の邪魔をして楽しんいた。


「おや……おや? ……おお! これはなんとなんと。御同業かと思いましたが……お嬢さん名前をお尋ねしてもよろしいですかな?」


 もっともフェイクトピアのほうはそんなことを気にしないでルフェイの顔を覗き込み驚いている。

 月下の妖精に勝るルフェイの美貌に魅せられているのだ。

 だがそれでいて詩人の目は小刻みに動き――装飾品や青い衣、そしてなにより左手に刻まれた”死の宣告”を捉える優れた観察眼を発揮していた。

 ルフェイが服装から詩人なのかと疑念を持ち。

 しかしすぐさま訂正。

 胸飾りや言葉使いからルフェイが高貴な身分の者だと悟っているのが見て取れた。


「初めまして吟遊詩人様。私はルフェイ……ただのルフェイです」


 ルフェイの挨拶はデュラハンでも判るほどの作った”笑顔”だった。

 詩人のほうも簡単には答えていただけませんか、とその作り笑顔をあっさり見抜いてる。

 寧ろルフェイに答える気がないことを喜んでいるようにさえ見えた。

 フェイクトピアは仕方がないと大仰に肩を竦め。


「噂に名高いモルガーナの琥珀姫と出会えたと思ったのですが。いやー残念ですなあ。本当に残念でしたなー」


 あきらめたと見せかけた詩人の不意打ち。

 正体がばれていたことにルフェイがむっと唸る。

 不満そうな姿にデュラハンは密かに眉庇の奥で笑いを堪えた。


 琥珀の星が煌く瞳に月光を紡いだ銀の髪はこれまでさぞかし多くの吟遊詩人たちに謳われたことだろう。

 身分を隠すなど不可能なのだ。


「見聞を広めるためねぇ。酔狂なこったぁ」


 してやったりと顎鬚を揺らして笑うフェイクトピアを横目に見ながらその無謀さに呆れてるのは魔女マーティスだ。

 確かに、とデュラハンも頷く。


 この常夜の森はエルランド島最大最悪の危険地帯。

 人間やめかけた魔女やそもそも人外の首なし騎士でもなければ踏み込んだだけで命を奪われかねない。

 そこに――デュラハンの造った道があるとはいえ――戦えもしない吟遊詩人がたいした理由もなしに挑むとか正気を疑われる行為だ。


「ははは、そこはあれですな。我輩、吟遊詩人ですからして。何かあると感じたら海の底でも塚の奥でも参りますとも! そして我輩の勘に外れないし! 魔女に首なし騎士に琥珀姫!! 我輩やはり全裸で疾走いたしましょうか!!」


 いっそ誇らしげに竜に素手で立ち向かう如き行為を口にするフェイクトピア。


 ……たまにいるのだ唄のため楽想を得るためなら死ねるというこいつのような詩人が。


 吟遊詩人の力は賢者や魔女のように直接的なものではない。

 民にとっては楽しい旅人程度。

 一晩の歌舞の見返りに歓待はするがそれだけだ。

 しかし王や領主など支配する立場のものにとって吟遊詩人は蔑ろにできない重要な地位にある。


 戦争や決闘の前に吟遊詩人が謳うだけで士気は上がり。

 逆に詩人に悪行を謳われたら島中が敵に回る。

 なにより吟遊詩人に己の英雄譚を謳ってもらうことは男子永遠の願いだ。

 他にも旅慣れていることか領主間の秘密の連絡手段として重宝されたりもする。


 このように島の娯楽と調和を司る吟遊詩人だが使命感と好奇心が暴走してしまうことが多々ある。


 島の南で起こった決闘の結末を翌日の島の北側で謳うため昼夜を問わずに馬を駆けさせたり。

 ――当然馬は潰れるし、叫びながら走るのでご近所迷惑。


 竜退治の英雄譚を謳いたいからと竜の巣を見つけて英雄志願者を案内したり。

 ――英雄志願者のほとんどは丸焼きにされる。詩人はそれならと悲劇譚を謳う。


 唄を創るためにと戦場や決闘のど真ん中に戦馬車で乗り付けたり。

 ――追い出すこともできず晴れ舞台が奪われた戦士は泣き寝入りする。


 『唄のためならなんでもするのが吟遊詩人』という言葉が生まれるほどだ。


 王や領主も制止できないため歯止めも効かない。

 補足情報だがこの島を一晩で縦断することはデュラハンとコシュタ・バワーでも難しい。

 珍しいことには灯りに群がるの蛾如く集まり、仕入れた物語は風より速く広げる


「それに我輩だけではありませんぞ。常夜の森に道ができたと既に島中で噂になっております」


 フェイクトピアこう言っているが実際は吟遊詩人たちが率先して『常夜の森に道ができた。何かが起こってるぞ』と振りまいてるのだ。 


 ……ん? 島中で、だと。


「おい、あんた今なんて言った」


 詩人の言葉に聞き流せない言葉があったぞ動揺するデュラハン。

 同じことを感じたらしいマーティスがデュラハンより先にフェイクトピアに詰問する。


「ですから既にあの道のことは噂になってると。我輩が来たときも魔境に挑もうという勇敢で酔狂で無謀な若人が森の外に集まってましたぞ。そうですな……三十は下らなかったかと」

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