首なし騎士 読む
虹の騎士クランもしくは虹の英雄クラン。
三百年ほど前に勇名を馳せた騎士であり。
エルランドの地において騎士の中の騎士、騎士の王と呼ばれる英雄。
その誉れを謳う唄は三の三倍の三倍でもまだ足らず多くの伝承が残されている。
騎士や戦士にとっては憧れの存在だ。
ただし人間限定で。
「この俺にいまさら騎士の何を学べというのだあの小娘。それもよりにもよってあいつの物語など」
ルフェイから渡された虹の騎士の物語なる書物を手に愚痴るデュラハン。
繰り返すがデュラハンは六千年以上首なし騎士をしている。
妖精の騎士などを除いてこの島で最古の騎士と言えるだろう。
もはやデュラハンが騎士の見本で基準だ。
「いいかい。あたしやあいつが崇めているクルアハは、遠い遠い昔に巨人の王が召喚した異なる世界の支配者であり死と豊穣を司る冥府の主なのさぁ。首なし騎士はそれに仕える……」
食事の時間も無駄にしたくないのだろう庵の中から魔女が小娘に指南する声が漏れ聞こえる。
一部間違った教授しているのを訂正するべきかと考えたがやめておく。
どうせ生者には理解できないこと。
それよりこの本だ。
「人間もこんな酔狂なものを手間暇かけてよく作る」
片手でぺらぺらと頁をめくり最初の感じたのは呆れだ。
書物は大陸のそれも帝国とかいう異国の文字で書かれていたのだ。
この島の英雄譚を大陸の誰かが編纂したのだろう。
それが巡り巡って英雄譚の地へと里帰りしたわけだ。
それでいて膨大な手間をかけたこの書を読める者はエルランドの地に百人もいない。
そもそもこの島で文字を読み書きできるのは賢者、魔女、詩人の三者と王族や領主の一部のみ。
読み書きという技術は尊い財産なのだ。
故に石版、粘土板、木簡などの書はそれだけで特権の証となる。
庵の中に無造作に山積みされていたがあれだけで城が一つ二つ手に入るかもしれない。
別の国で文字で書かれた植物紙の本なんて実用性皆無の格式を示すだけのものだ。
書いてある内容もあの騎士の話なんて――
……ふむ。
あることに気がついたデュラハンは今度は最初から丁寧に異国の字を追う。
神話の時代から悠久の時を過ごしたデュラハンは妖精語、巨人語は当然として大陸の言葉にも精通している――年間実働二晩の首なし騎士は自己研鑽の時間が潤沢なのだ。
それでどうして真面目に騎士物語を読む気になったかというと……主人公である虹の騎士が知り合いというか一戦交えた相手だったりする。
それは任務馬鹿の誉れ高きデュラハンをして純然たる私闘という非常に珍しい戦いだった。
あれは今も忘れはしない二百と三十七年、いや六年だったか?
まあ、それぐらい前のこと。
”死の宣告”を刻む相手を探してコシュタ・バワーを走らせていたら若騎士に決闘を挑まれたのだ。
二頭曳きの鋼の戦馬車を駆る騎士はまだ成人したての少年といっていい年だった。
七色に輝く髪が眩しかったのを覚えている。
英雄志望の自殺志願者と思い軽く刈り取ろうとしたら…………逆に身体を槍で穿たれ戦馬車より突き落とされた。
当時は獲物ですらない相手に先手をとられ憤ったが。
「不快ではなかったな」
頁を摘みながらふんと一言。
その後は相手も戦馬車を降り夜が空けるまで大鎌と長槍をひたすら打ち合わせた。
信じがたいことに始終デュラハンのほうが押された戦いだった。
人間相手は基本”刈り取り”――作業にも近い感覚で大鎌を振るうデュラハンが誘いや騙しを駆使しても一手遅れる俊足。
不死身の肉体でなければ敗れていたかもしれない。
最終的に朝日が昇ったことでデュラハンの動きが鈍ると若騎士は『なんでぇつまんねぇ』と玩具に飽きた子供そのものの態度で去っていった。
お陰でその年は”死の宣告”すら刻めないという超大失態を犯すことに……恥辱。
その七色弩派手髪の若者が虹の騎士と呼ばれる英雄だと知ったのは数十年後だった。
つまりこの虹の騎士の物語には『首なし騎士と一晩死闘を演じた』とか書いてあるかもしれないのだ。
「む、むふはは♪」
首なし騎士が登場する悲劇譚を聞いたことはあるが、デュラハン自身が敵役とはいえ登場人物になってる本は読んだ事はない。
デュラハンは年甲斐もなく期待で胸膨らませ物語を読み進めた。
虹の英雄クランは七色の光を纏って生まれたらしい。
髪は常に虹のような輝きを湛える智勇兼備の子で。
七つにして素手で竜を絞め殺し。
その栄誉で騎士に任ぜられるとエルランドに伝わる七つの流派の武術を修める。
初陣においては七つの武器を七本の腕で……
「…………ん?」
一旦読むのを止めて人間の物語だよな、と表紙に書かれた文字を見直すデュラハン。
虹の騎士の物語と書いてある。
一晩の決闘をしたあの若騎士とは別の騎士の話なのだろうか? そもそも人間じゃないだろ腕七本とか。巨人でもあるまいし。
まあ脚色だろうと再度本を開く。
虹の騎士は成人すると初夜に七の七倍の数の姫を娶り等しく愛した。
……英雄色を好むにしても好みすぎだと思うのは俺だけだろうか。
そして成人した虹の騎士は七つの闘いに挑む。
物語の山場だ。
つまり首なし騎士との熱い一晩もそろそろということ。
気になるのかコシュタ・バワーも首のない首を寄せてくる。
巨人退治、闇の国を治める女王との戦争、幼馴染との決闘……
次々と襲い掛かる強敵との死闘。
妖精王の助力や友人の身を挺した犠牲的行為。
知恵と勇気を胸に悲しみを乗り越えて虹の騎士は戦い続ける。
最期、七の七倍の数の騎士に囲まれ敗北するが虹の英雄は地に伏せることなく立ったまま槍を構え事切れる。
「「「…………」」」
六頭の相棒たちが多勢に無勢で罠にかかりつつも奮戦し敗れた英雄の死に嘶く。首が無いから雰囲気的に、だが。
うむ。物語としてはよくできている。
特に七つの流派それぞれの”誓約”――技を修める際に誓う心構えというか騎士としての約束事――の矛盾を突かれ敗北するのは後の世の騎士たちへの戒めとも受け取れる。
しかし、
「俺の出番がない……何故だ」
物語のどこを読んでも首なし騎士の”く”の字もない。
巨人退治を収録するぐらいなら首なし騎士をいれるべきだろう。
それに妖精が人間を助けるとか都合が良過ぎる。
妖精を妖精郷に追い立てたの人間だぞ。
偽りを書くなら俺を書け。
貴重な書物を強く握り締め猛る首なし騎士。
「抗議だ! 抗議をせねば。編纂者は誰だ」
編纂者にデュラハンとの決闘を追記させなければならない。
こちらは当事者だ。
伝聞より生の声を、第一次情報を残すべきだ。
「ああ、編纂者は大陸か。くっ、海を渡るにはマナンがあああぁぁぁ…… 忌々しい呪わしい情けない!」
そんなデュラハンを庵の中から覗うのは騎士物語を渡したルフェイ。
庵の中の声が外で聞こえるということは逆もまた然り。
城なし姫は小さく愛らしい唇に人差し指を当てて感想を述べる。
「う~ん。予想とは違うがまあまあの反応だね。結構結構」
デュラハンが大陸公用語の帝国語を読めないだろうと考え魔女の庵にあった虹の騎士の物語を渡したのだが、ルフェイの予想に反して随分と騎士殿は博識のようだ。
読めなければそのことをからかい、読めたら読めたでそれを話題に次に繋げるつもりだった。
なのに物語そのものに不満があるのか本を片手に吼えている。
「後で四十九人の姫で誰が好みか聞いてみるかな」
ルフェイはこれはこれで良しとデュラハンを味わう。
「俺が大陸に直接行かなくても海を渡れる誰かに伝言を託せば……」
どうやら騎士殿は水泳は苦手なようだね、などと己の騎士への理解を深めながら。




