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首なし騎士 失格

 首なし騎士の朝は早い。

 毎朝昇る太陽を忌々しく睨んでいる。

 まあ正しくは寝ないのだが。

 この世の生者と違い睡眠が必要ないのだから当然だ。

 どちらかというと日が落ちて再び昇るまでが業務時間といえる。

 獲物の選定と”死の宣告”の刻印及び”刈り取り”、これ全て深夜が本番なのだから。

 それは『獲物の護衛及び監視』などという奇妙な理由で徹夜を強いられていても変わりはしない。


「…………」


 マーティスの使い魔が王都を目指して飛び立って三日。

 デュラハンは王都からルフェイの救出に来る英雄の到来を一日千秋の思いで待ち望んでいる。

 あの世の使者としてちょっとどうかなと思わないでもないが切実な願いなのだ。


 既にこの世で三泊四日もしていてその間あの世の一度も帰ってない。

 過去、獲物の調査に数日掛けることはあったのでまだ同僚たちも『デュラハンさんまたこだわってな~』とか笑って済ましているだろう。

 しかし長期間あの世に帰らないといろいろ拙い。


 『デュラハンさんがあっちに行ったまま戻らないだってさ~』『なになに遂にデュラさんも退職かよ』『もう六千年だからね。そろそろガタが来たんじゃ』『案外若いお姫様に一目惚れして愛の逃避行とか……』

『『『それだ!!!』』』


 後輩の首なし騎士たちが勝手な憶測であることないこと噂するのが目に浮かぶ。

 創造されて数百年程度の首なし騎士はこの世に毒されるのが多い。

 農作業に目覚めて『僕これから首じゃなくて麦を刈ります』とか出奔する奴までいる始末。

 確かに主クルアハは豊穣も司るがそれはないだろう。


「最近の若い奴は、殻も取れない子蛇の――」


「なにを一人で毒づいているのだね?」


「うぉどっ?!」


 突然の声に危うく頭を取り落としかけ何とか掴み押さえるデュラハン。

 あの世の将来について悲観するあまり声の主――ルフェイの接近に気がつくのが遅れた。

 言い訳に聞こえるかもしれないがこの娘、歩法が静かなのだ。

 戦う術は習ってないと自己申告していたが信用できない。


「う~ん。もしかして私のことを罵っていたのかね。どうせなら罵るなら面と向かって言って欲しいな。騎士殿」


 そう白い頬を僅かに朱に染め恥じらうルフェイは愛らしい乙女にしか見えなかった。

 口にしている内容さえ気にしなければ最高の首級と思えるだろう。

 今日も蒼い衣から覗く首筋が刈り取りたいほど美しい。


「庵の外に出るな」


 なんでこんなに中身が残念なんだという思いを言葉に出すことなくデュラハンは何度目になるか分からない注意をする。

 デュラハンがさっさとあの世に帰れない理由はルフェイが身を隠すこの森――常夜の森そのものだ。

 異常繁殖した茸や食獣植物にそれらと生存競争をする獣が跋扈する魔境。


「ギョギョギョギョグ」

「ゾックゾックゾック」

「ゼゴゼーゴゼゼーゴ」


 今も三つの頭を持つ大蛙がデュラハンの前を行進している。

 子牛を丸呑みにできる大口をした蛙なのだがこの森――常夜の森では食物連鎖の下層の存在だ。

 それでも隙を見せると……


 三本の朱線が伸びた。


 豪傑の突く槍のように瞬く間に伸びたそれは小娘を狙った大蛙の舌。

 一流の騎士でさえ捕らえられれば逃げることができない朱色の死だ。


「「「??? …………ギョゾゴ!?」」」


 だが蛙は口に戻ってこない舌と餌に暫くきょとんとしてから悲鳴を上げ、文字通りどこかに跳んでいってしまう。


「おや。手間を掛けさせたようだね。ご苦労騎士殿」


 少し乱れた銀糸の髪を整え礼を述べるルフェイ。

 その足元には瞬きより早く振るわれたデュラハンの大鎌に斬りおとされた蛙の舌が三本のたくっている。

 このようにデュラハンがルフェイを守るのは何度目だろうか。

 危険だと注意してもどうしてか庵の外に出てくるのだこの小娘。


 あの手強い魔女――マーティスに押し付けて『はい、さよなら』と帰れないのはデュラハン自身の生真面目な性格もあるがルフェイの危機管理能力の欠如も原因だ。


「いやいや。人間、日の光に当たらないと体に悪いんだよ。知らないのかい?」


 本当か嘘か判断に迷う知識を語り誤魔化す小娘。

 デュラハンが悩んでいることを感じたルフェイは楽しそうに笑う。


「まだまだ人間のことが分かっていないようだね。もっと励みたまえ。それとも怠惰に過ごしても勤まるものなのかな。あの世の騎士は?」


 自身が首なし騎士のことを魔女から学んでいるのに君はそれでいいのかい、と言外にデュラハンを挑発しているのだ。

 そう。この三日間小娘は魔女より首なし騎士の退治法を学び続けている。

 首なし騎士打倒に半生を掛けたマーティスからの直接指導だ。

 今も美しい曲線を描く首筋を見せてはいるがその首の上には既におぞましいほどの知識が詰め込まれているだろう。


「ふっ、舐めるな小娘。この俺が無為にこの数日を過ごしていたとでも思っているのか」


 そんな一年後の手強い獲物を前にデュラハンは余裕の態度で逆に挑発し返す。

 既に”刈り取り”は始まっているのだ。

 心理戦及び情報戦という戦いが。

 確かに小娘は首なし騎士のこと学んでいるかもしれない。

 だがデュラハンも無駄にこの三日間を時間を過ごしていたかというとそんなことはない。

 デュラハンも戦っていた。

 幸いこの常夜の森は日の光が入らずこの世でもデュラハンが過ごしやすい地。

 望みうる最高の環境で全力の身体能力を余すことなく利用し励んだのだ。

 

 人間の学習を!


 敵がこちらを知るのならこちらもそれ以上に相手を知ればいい。

 戦いとは実際に刃を交える前から始まっている。


 ――ここでマーティスを殺してルフェイへの知識伝授を妨害するという手段に出ないところが堅物と業界内でいわれる所以だったりする。


 デュラハンもこれまで”刈り取り”に関係する人間の習性を調べたことはあった。補足すると一般的な首なし騎士はそれすらしない。

 だがそれは社会制度、騎士の流派、誓約、武具の品質、馬車の質などなどやや戦闘に偏った知識だった。


 ”刈り取り”の時の人間は必死だ。

 所謂、戦時状態だ。

 平時の行動を知る必要は無い……と誤った判断をしていた。

 しかし今回の”死の宣告”を刻んだ獲物が速攻で死に掛けるという事態。


 認めよう。

 反省しよう。

 そして改善しよう。


 デュラハンは失敗から学び取れる首なし騎士だ。この三日間じっくりと平時の獲物――ルフェイを観察していた。


「俺は貴様の全てを見ていた!」


 宣言するあの世の使者。

 デュラハンは転んでもただでは起きない。


「――っ!」


 動揺する哀れな獲物に自らの成果を述べ立てる。


 ある時は庵の壁の隙間から、ある時は屋根藁をずらしルフェイの行動を見続けたことを。

 呼吸の回数と動く喉を。

 一歩の距離と銀髪に隠れるうなじを。

 食事の際、何度噛むかと揺れる首周りを。

 睡眠中の寝返りに角度を変える首筋を。

 老廃物の除去中に胸元へと雫の垂れる様は魂に刻印した。


 デュラハンは通常の任務では得られない貴重な情報を確保したのだ。

 魔女から小娘への首なし騎士対策法については極力聞かないようにする紳士的作法も忘れない。


「…………」


 首なし騎士が言葉を重ねる度に城なし姫の瞳から輝きが失われていく。


「首なし騎士の勤勉さを理解できたか。小娘」


 獲物の様子に不甲斐無いと少しだけ残念に思いながらも勝ち誇るデュラハン。


 だがそれはデュラハンの誤解だった。

 首なし騎士のとてもとても残念な自白に頭の中が真っ白になっていた城なし姫がなんとか意識をはっきりさせきっぱりと。


「駄目駄目だね。騎士殿」


「なにが駄……?!」


 ルフェイは養豚場の豚、否それ以下の何かを見るような目で切って捨てた。


「まず、まずだよ。表面的なことしか見ていないし人として……人じゃなくても騎士としていろいろ失格だよ君。そしてどれだけ首が好きなんだい。引いたよ、流石に引いたよ。ぞくぞくしちゃったじゃないか。責任はとってくれるんだろうね」


 できの悪い弟子の欠点を指摘する教師のように一気呵成に罵倒と賞賛と感想と要求を述べてくる。

 最後は教師じゃなくて男に結婚を迫る女か。


「……これは思ったより――のし甲斐がありそうだ」


 口元を押さえ何事か呟く姿に怖気が走る。

 命狙ってるのは俺で狙われてるのは小娘のはずだよな、と根本的な立ち位置を確認してしまうデュラハン。

 そんな立ち位置を無視するようにルフェイは獲物を狙う狼の如く一歩踏み出しかけ。


「姫様、鍋が煮えたよぅ」


 庵の中から魔女が呼ぶ声に足を止めた。

 城なし姫は絶対お姫様がしてはいけない類の舌打ちを一つ。

 興が削がれたとでもいうように庵へと戻る。

 たが扉を開ける直前、こちらを振り向くと何か投げた。

  

「まずはこれでも読んで最低限騎士とはなにか学びたまえ」


 騎士歴六千年のデュラハンは投げつけられた書物――この島を含め大陸でも珍しい植物紙を束ねたもの――を受け止める。

 その表紙にはこう書かれていた。


 虹の騎士の物語と。

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