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謀反人 焦る

 魔女の庵で首なし騎士が高笑いをし、城なし姫がよこしまな思いに身を焦がしている丁度その頃。


「ま、まだ伝令はないのかあ! 小娘一人殺すのにいつまでかかっている!」


 常夜の森から南に馬で一日ほど駆けたところにある城で一人の男が怒鳴り声を上げていた。


 城の名前は”車輪城”。

 エルランドの地では珍しい焼き煉瓦を使い建築された二階立ての館が三重の塁壁に守られている。

 壁に飾られているのは名前の由来でもある数え切れないほどの車輪。

 その車輪はモルガーナ家の前領主ルーサー=モルガーナの戦利品。

 つまり大領主モルガーナ家の主城でありルフェイ=モルガーナが奪われた城だ。


「も、申し訳ありませんウーザー様。し、しかし……」


「しかしもなにもあるかっ! どれだけの人員を割いていると思ってるんだ。早くあの小娘の首をワシの前に持って来い!」


 そして怒り散らす男の名はウーザー。

 先日大領主になったばかりの――ルフェイ曰く謀反人――騎士である。

 顔を焼いた石のように真っ赤にさせる新領主に側近は逃げるように退出する。


「どうしてこうなのだ! ワシの人生どうしてこうなのだ!」


 側近の姿が消えるとウーザーは最近薄くなり始めた灰色の髪を掻き毟り一人叫ぶ。

 前領主の娘に放った刺客から伝令が来なくなって丸一日。

 ウーザーは上手くいかない現状と面倒事ばかりの自身の人生を呪った。


 ウーザーは先日まで”美丈夫”ルーサーに家臣の一人として仕えていた。

 彼の主ルーサーは勇猛果敢を絵に描いたような人物で西で戦があれば槍を片手に駆けつけ、東で決闘があれば両方ぶちのめすという華々しい生を謳歌する自由人だった。


 そんな前領主にして主だった”美丈夫”ルーサーの戦死の報を聞いたウーザーは喝采と罵声を叫んだ。

 主の死を神に感謝し、最後まで自分勝手に死んだ主へ言えなかった罵倒を送った。

 眉を顰めるものもいるかもしれないが彼としては当たり前のことだった。


 考えてみてほしい。戦ばかりしている主に仕えていたいだろうか?


 春が来た戦だ。

 夏が来た戦だ。

 秋が来た戦だ。

 冬が来た戦だ。

 何も無いけど戦だ。


 戦に行く度に首級と名誉と褒美を勝ち取ってくるとはいえ、戦の準備や食料の確保が毎回必要になる。

 農民に納めさせている麦や豚では追いつかず戦争税として宴の食材を排出させるなんていうこともあった。

 農民どう思われようと気にはしないが重税を課す領地と悪評が立ったらそれを大義名分に攻めてくる領主もいる。只でさえルーサーが四方八方へ戦を仕掛けているのだ。

 家臣の中でも地位の高かった彼は常にモルガーナ家の未来を憂い胃を痛ませていた。

 ルーザーに劣らない美貌と言われた容姿も日々の苦悩でやつれていくばかり。

 艶を失い錆びた銀のようになった髪が抜けていく日々。

 その原因たるルーザーがくたばったのだ。


 寂しくなった髪の仇の死を喜んで何が悪い。


 しかしこの世はウーザーの髪に優しくなかった。


 ルーサーには後継者がいなかったのだ。


 息子はいる娘もいるだが二人ともまだ成人ではなく後継者として家長のそして領主の座につけない。

 ルーサーが死ぬ前から領主の仕事のほとんどは娘のルフェイが領主代行として処理していたが領主と領主代行は天と地ほど違う。

 もしルフェイを領主の地位につけたら太陽が三度昇る前に傘下の領主を含め東西南北全ての領主が『女なんか領主と認められるか土地と財宝と女と馬と牛と豚と戦車と館と首級寄越せ』と襲い掛かってくるに違いない。

 女は男の所有物と考えられているこの島では女領主など餌食でしかない。


 ならばルーサーの息子はといえば……こちらも駄目だ。


 未だ幼名のオルフェノウを名乗っている息子を領主に据えても結局は『子供なんか領主に認められるか以下同文』となる。

 なにより王都に騎士の修行中――つまり人質であるオルフェノウをすぐに呼び戻せるはずもない。


 それでも領主がいないままでは遠くない未来攻め込まれ全てを奪われることになる。迅速に次の領主を選ぶ必要があった。

 結果、家臣一同の合議の末にウーザーが領主の座に着くことになる。

 もっとも家臣一同といってもルーサーを慕う家臣のほとんどがルーサーが戦死した戦争で討ち死にしている。

 領地に残っていたのは戦が好きでも嫌いでもない、寧ろ嫌いな文官よりの騎士――普段からウーザーに同調している者だけだったのだが。


 正直やっと表舞台に立てたという思いより、なんで今更ワシがこんな立場にという思いがウーザーには強かった。

 なのに昨年成人したばかりの長男などは『これで次期領主は俺様だな』と考え無しに喜んでいる始末。


「それもこれも全部ルーサーの奴が悪い」


 まだ三十代なのに随分と後退した髪と簡素な衣を纏った身をくねらせた。

 ウーザーは生まれた瞬間からルーサーの補佐してきた。

 否、補佐しかした記憶がない。

 何をするにしてルーサーがやらかした馬鹿の後始末。

 ルーサーが妻を娶った時も少しは変わるかと期待したが逆に負担が増えた。

 今回の件もルーサーがさっさと後継者を育てていれば済んだのに。


「馬鹿ルーサーめ! 死んでからも迷惑をかけおって!」


「ウーザー様!」


 喜びの野に旅立った前領主を罵っていると先ほどとは違う側近が駆け込んできた。

 彼はウーザーの前に跪くと暫し躊躇してから話し出す。


 ウーザーが領主の地位に着いて最初に命じたのはルフェイの暗殺。

 それはルフェイに差し向けた追手についての報告だった。

 そして報告の内容といえば、街道の外れで赤帽子――邪な妖精の一種――の亡骸とともに無残な死体となって発見されたとのこと。

 襲われて相打ちになったのどうか詳細は分からないが……つまり無駄死。


「ダッキーニ!」


 態度から好ましくない報告だと予想していたウーザーは予想以上に悪い知らせに思わず滅亡の女神の名を唱えた。

 老いと滅亡を司る神の名に側近の身が震える。

 あの世の神クルアハを同じく畏怖すべき神でありみだりに名を出してはいけない神だからだ。

 それだけウーザーの怒りが大きいと側近は理解したのだ。


 ウーザーの怒りも仕方が無い。暗殺の失敗はこれで三度目だった。

 最初の刺客たちは、僅かに生き残っていたルーサー派の騎士と相打ち。

 二回目の刺客は、土壇場で裏切り者が出て失敗し全滅。

 今回のは刺客は『小娘の話を聞くな。顔を見るな。躊躇するな』と硬く命じたのに不運にも赤帽子に襲われる。


 悪神がウーザーを呪っているか、ルフェイが幸運の女神に祝福されていとしか思えない状況なのだ。


「次の追手を手配しろ。……今度はレーテとスュバルも使え」


 ウーザーは切り札の名前をとともに再び命令を下した。

 ルフェイの首級が届くまで彼は何度でも同じ命令を下すだろう。

 それほどまでにルフェイの迅速で確実な死を望んでいた。


 ウーザーがルフェイの命を狙うのはルーサーへの憎しみや復讐心からではない。

 少しも無いとは言わないが基本的にモルガーナ家安泰を思ってのことだ。


 同士――今では側近や家臣となった騎士の中にはルフェイの知恵や容姿だけを見て『このまま領地運営に協力させては?』『あの美貌を利用しない手はありますまい。王家に嫁がせては?』と訴えてくる者もいた。

 しかしウーザーは全て退けた。

 知っていたからだ生まれた瞬間――いや、生まれる以前からあの娘は存在自体が悪だと。


『あの方は戦ばかりで……私もモルガーナ家の女としてこのままでは――』狼のような眼が思い出される。


 そう。あの女の娘なのだ。

 なんとしても殺さねばならない。

 ウーザーは誰よりも長い時間ルフェイたちを見てきた。


 怪我に苦しむ騎士を眺め微笑むあの姿。

 晒される敵領主の首級に蕩ける笑顔。

 なによりルーサーの訃報が届いた時の……


 思い出したおぞましい光景にぶるっと身を震わせたウーザー。


 ルフェイは危険だ。

 

 あの娘は弟のオルフェイノウが成人したらどんな手段を使ってもウーザーを領主の地位から引き摺り下ろしその破滅を眺めて笑うだろう。

 嫁に出しても嫁ぎ先の実権を握りモルガーナ領へ攻め込んでくるに違いない。

 ウーザーはこの島にいる人間で唯一ルフェイの本質を理解しているつもりだ。


 ――人の不幸を啜り笑う邪悪な妖精――


 ルフェイ本人が聞けば『うんうん。さすがよく判ってる』と拍手し、デュラハンが聞いたら『流石に妖精もあそこまで酷くないぞ』と妖精を弁護するだろう評価。


 故にウーザーは、未知数のオルフェノウより確実に害になるルフェイの命を最優先で狙っていた。


「ウーザー様、あのまだ報告が」


「うん?」


「赤帽子と追手が争った場に轍が残っておりました。それも蹄の跡から四頭曳き以上の戦馬車かと」


「戦馬車……どこぞの騎士か?」


 戦馬車を所有できるのはかなりの地位――王家や大領主に縁のある――の騎士しかいない。

 そして赤帽子と追手が争っていた場に轍があったということは何かしら戦いに関係していると考えるべきだ。

 命を狙われる美しい(外見は)姫、非道な追手、邪悪な妖精、高貴な身分の騎士。

 もたらされた情報が髪の薄くなった頭の中で混ざり合う。


「まさか……」


 ウーザーの脳裏に一つの妄想が浮かぶ。


 ルフェイが追手に殺されそうなところに乱入する白馬の王子様。

 バッタバッタと悪漢を退治してついでに赤帽子も退治。

 そのままルフェイの美しい見掛けに一目ぼれして故郷に連れ帰る。

 

 どこの御伽噺だとツッコミが入りそうだがこの島では日常的に謳われる英雄譚だ。


「ありえんな」


 それでも実は大体あってる妄想を頭を振りかき消す。

 破天荒なルーサーを見て育ったウーザーは逆に現実主義者となった。

 突飛な推論を思い付きまではしてもそれを基準に行動したりはしない。

 そもそもその場に都合よくルフェイがいたということに無理がある。


「とにかくレーテとスュバルを出せ。小娘を狩り立て追詰めろ。時間を掛けてはどこかに干渉される。その前に決着をつけねば……!」


 無駄な妄想に時間を使うより次の手の準備をとウーザー自らも動き出した。

 他領は無論、王家などに知られて余計な横槍を入れられては困る。

 弱さは罪であり奪われるのは悪である。

 弱みも隙も誰にも見せてはならない。


「ホ~ウ」


 そんなウーザーの頭上を灰色のフクロウが南へと飛んでいく。

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