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首なし騎士 昂ぶる

 六十年前に執行された”刈り取り”の無残な結末に魔女の庵は重く沈んだ。


 魔女は多くの仲間を犠牲にして自分だけが生き残った過去に。

 首なし騎士はおまけにかまけて本命の首級を刈り損ねた失敗に。

 城なし姫は首なし騎士と魔女の予想以上に深く重い壮絶な関係に。


 涙を零さないためかそれとも冥福を祈っているのかマーティスは目を瞑る。

 ようやくデュラハンの恐ろしさを理解したらしいルフェイは片目を閉じ黙思している。

 そしてデュラハンは任務の失敗を告げる朝日の輝きを思い出していた。


 選り取り見取りの首級に戦いの場が大穴の底だったことを失念。紫から白く変わる黎明の空を見逃し魔女の首を刎ねようとした瞬間、ようやく”死の宣告”が赤から黒へと色を変えていることに気がつく体たらく。


 見上げた大穴に差し込む日の光のなんと忌々しかったことか!


 デュラハンは人間の愛と勇気と友情に敗北し。

 多くの代償と引換えにマーティスたちは勝利を得た。

 闇の騎士はあの世へと去るしかなかった。


「ホウ」


 姫と魔女と騎士の沈黙を破ったのはフクロウのフェイタルだった。

 まるで出番はまだかと急かすようにマーティスのとんがり帽子をつつく。

 戦斧や槍の穂先より大きくて鋭い嘴で小柄な老婆にじゃれつく様子はあの世の使者でさえ止めるべきか悩むほど危なっかしい。

 フクロウが狩りで使うのはもっぱら爪のはずだが嘴も十分凶器だ。獲物を骨や肉ごと引き千切り食べる。


「ありがとよフェイタル」


 喰われる半歩前みたいに見えてたマーティスがフェイタルの白と黒の羽毛を優しく撫で立ち上がった。

 帽子の位置を直し杖で一回こつん。

 それだけ失意に沈む老婆は、己が偉大なる森の賢者であることを世界に思い出させた。


「まったくこんな騎士なんて川に流しちまえばよかったよ。さあ、やるべきことをやろうじゃないかぁ」


 減らず口を皮切りに老いを感じさせない元気な動きで羽ペンでさらさらっと羊皮紙に何事か書き込むと使い魔の脚に結わえる。

 王に小娘の迎えと弟の保護と依頼する手紙だろう。


「フェイタル。レンスターの坊主を覚えてるね? あの女も男も老いも若いも見境無い色魔だよ。あいつの頭に一つ蹴りをいれてきな」


 魔女の命令には王へ対する敬意が欠片もなかった。

 不敬はいいとして……この巨大フクロウに蹴りを入れられたら頭が弾けるぞ、とデュラハンは思った。

 まあ魔女流の冗談だと考えることにする。

 使い魔は普通の獣とは違う。

 賢者や魔女の力の象徴の一つなのだ。

 心を通じ合わせた獣を意のままに操るそれは時に竜すらも従えるとか従えないとか。

 ただの鳥なら不安だがあのマーティスの使い魔なのだ恐らくなんの問題も無く手紙を届けるだろう。

 冗談で済まないようなことはしない……はずだ。


「ホウホウ!」


 任しとけといわんばかりに両脚を交互に蹴りだすフクロウが視界に映る。

 面倒事を増やすな、と一言釘を刺すべきか本気で悩む闇の騎士。


「よろしく頼むよフェイタル君。……どうか弟を救ってくれたまえ」


「ホ、ホゥ?」


 デュラハンが行動を起こす前にマーティスに続いてルフェイも言葉をかける。

 小娘の言葉も口調も顔も普通に懇願しているだけなのだがなぜかフェイタルの様子が急変した。

 毛を逆立て軽く羽ばたき外への扉へと突撃するフクロウ。

 一度扉に頭をぶつけ、慌ててそして器用に爪でノブを回し飛び去ってしまう。


「「…………」」


「どうかされましたか?」


 何をしたというデュラハンとマーティスの視線を女神の笑みで迎撃するルフェイ。


「いや、なんでもない」


 昨日からのあれこれで精神的に疲れていたデュラハンは――たとえあの世の使者でも心は疲れるのだ――深く考えるのを放棄した。

 この世にはあの世の住人が知る必要がないものもある。

 首なし騎士は人間の首を刈ることだけ考えればいい。

 首なし騎士危うきに近寄らず、だ。


「えーあー…………これで弟君の身は安全なはずだよ。レンスターの坊やにはいろいろと貸しがあるからねぇ」


 使い魔の奇行に戸惑ったマーティスも気を取り直すとルフェイに安心おしと言葉を掛けた。

 この世にはこの世の住人も知る必要がないものもある。

 偉大なる魔女もあの世の使者と同じ判断を下したようだ。


 重苦しくないが真面目な話をする雰囲気でもない。

 なんともいえない微妙な空気になってしまった。

 そして皆を和ませる有能なフクロウは空の上だ。


 だが対話能力が限りなく底辺――首なし騎士業界でも――のデュラハンは動揺しない。

 誰かが空気を変えるまで百年でも待てるのが寿命という概念のない存在の強みだ。

 ほどなく首なし騎士の望みどおり魔女が動く。


「もうそろそろ夕時だねぇ。少し早いが夕食としようか」

 

 食事という不便なそして生者に必須の補給行為をルフェイに提案する。

 そしてデュラハンに向き直り。


「さて準備の邪魔だよこの首なし。あんたがいると狭くてなにもできやしない」


 あからさまな追い出し。

 物言いは気に喰わないが、王都からの迎えとやらが来るまで小娘の世話を魔女にやらせるしかない。

 デュラハンはなにも反論せず無言で扉を潜った。



************


 庵の外に出たデュラハンは散歩を終えて木陰で休んでいたコシュタ・バワーへと歩み寄る。


 魔女が首なし騎士を話し合いの場からどうして追い出したのかデュラハンは理解していた。

 食事の邪魔というのは本当のことだろう。

 しかし本音は別にある。

 庵の中でこれからなされる会話をデュラハンに聞かせたくないのだ。

 それはどのように首なし騎士を退治するのかの話し合い。

 ”刈り取り”を生き延びるための知恵の伝授。


 デュラハンはマーティスを信じている。

 デュラハンが知る限るあの魔女は首なし騎士の獲物に助けを求められれば見捨てない。

 必ず獲物が生き残れるように努力し導こうとする。

 実際、これまでも幾度か”刈り取り”の場に現れてデュラハンの妨害をしそれに成功している。

 実戦証明された首なし騎士の好敵手なのだ。

 六十年前の成功から学習した徹底的な遅滞戦術。

 首なし騎士を一晩行動不能にする罠。

 デュラハンの同僚にも被害者が多い。

 下手な妖精を刈るよりあの魔女が支援した獲物を刈るほうが困難とさえ噂されている。

 

 なんでそんな厄介な人物のところに助けを求めたのか。

 確かに”刈り取り”は困難になるかもしれない。

 だが”刈り取り”前に任務失敗するか、高難度の”刈り取り”に挑戦するか問われれば答えは後者に決まっている。


 どこまでも闇の騎士は真面目だった。


 今回の”刈り取り”はどれほどのものとなるだろうか。

 一年間という最大の猶予を残しつつ魔女マーティスに出会い。

 十日と経たずに――この際あの世への帰還が遅れるのには目を瞑る――得られるはずの王の庇護。

 謀反人の追手など不安要素もあるが悪くない。

 並の騎士や戦士以上の出迎えが期待できる。 

 もしかすると首なし騎士を討減する術すら用意してくるかもしれない。



 デュラハンは笑う――それもまたよし! と。



 首なし騎士も進歩している。コシュタ・バワーとの分断に使われそうな川の把握や橋の破壊、”死の宣告”の追跡能力強化、予備の首なし馬の支給、業界内での情報共有。

 ”死の宣告”を刻んだ後は獲物が誰の協力を得ようが気にはしない。

 逆にあの小娘が一年でどれだけのことができるか楽しみだ。


 六十年前以上の宴を夢想し首なし騎士は己が魂の昂ぶらせる。


 それはこれ以上あの小娘に振り回されたくないという願望の裏返しでもあった。

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