魔女と騎士
魔女マーティスが自身も過去にデュラハンに”死の宣告”を刻まれた獲物であり、”刈り取り”の生存者であるという告白。
首なし騎士の伝承を知る者にとって衝撃的なそれに流石のルフェイも身を震わせた。
「……昔の女」
「「ん?」」
押さえた口から零れたルフェイの呟きにデュラハンとマーティスも困惑する。
理解不能の反応に仲良く首を傾げる二者。
どういうことだとルフェイを見返す。
「どうかされました?」
だが微笑を浮かべた少女に逆に問われてしまう。
見ているだけで魂が奪われそうになる。
聞き間違いだったかと思ったがそれでも一応確認をするデュラハン。
「小娘、今……」
「どうかしたかね? 騎士殿」
「昔の……」
「どうもしなかったね? 首なし騎士殿」
「……」
ルフェイの確認にデュラハンはただ頷いた。鉄壁の微笑が怖かったわけではない。
首なし騎士にも恐怖という感情はあるのだ。
いや小娘の笑顔に恐怖を感じたわけではない。
一般的な常識としてだ。
「それにしても騎士殿とマーティス様がそんな関係だったなんて驚きです。ええ……本当に驚きです」
再度淑女として正しい驚きを見せるルフェイ。
「そ、そうかい驚かせてすまなかったねぇ」
マーティスもルフェイに話を合わせて何事もなかったように振舞う。
魔女も聞き間違いと自分を納得させたようだ。
「御二人はいつどんな出会いをされたんですか。馴れ初めを御聞きしても?」
驚いたというわりには案外冷静にしかし鋭く話を進めようとするルフェイ。
『御聞きしても?』と了解を求めながら細められた瞼の奥で狼眼石の瞳がそれこそ本物の狼のようにこちらを狙っている。
獲物としてルフェイが稀なる”刈り取り”の生存者の話を聞こうとするのは当然のことだ。
魔女の庵に連れてきた時点でデュラハンも覚悟はしていた。
しかしなにか違う。まるで教えを請うというより……
「もうどれくらい前だったか」
デュラハンの思考がある結論に至るより先にマーティスが語りだした。
過去を思い出すためか魔女は目を閉じる。
「六十年ほど前まだ美しく若くかったあたしはこの世の理を知ろうと毎夜ベルフォーセットの環状巨大列石に足を運んでいてね。丁度百日目、黄の満月の夜……こいつと出会ったのさ」
後悔に染まった瞳が一瞬デュラハンを貫く。
忌々しげな魔女に対して肩を竦める騎士。
デュラハンに言わせればあれは必然。
闇の騎士は幾度も環状巨大列石――巨人が造ったクルアハの祭壇――に参る信仰深き人間がいたので数日前から観察していたのだ。
そして旅の吟遊詩人に質問――という名の尋問――してその人間が高名な魔女であることを確認したりと氏素性社会的地位年収交際経験他を入念に調べた上で最高の夜を選んだ。
「今でも思い出すよ天空を埋め尽くす星々、それすら霞む欠けざる月、列石の中心で巨人の秘奥に至ろうとしていたその瞬間にこいつは訪れた!」
あれは難しかった。
少しでも遅かったり早かったりしたら”死の宣告”を傾いた月の下で刻むことになる。
時間的に余裕があるなら満月が中天にある瞬間が良い。
魔女の語りの静かに聴く姫。
いや、時折『満月……うらや……い』『二人……夜空』とか何か呟いているか。
「”死の宣告”を刻まれたその夜は驚きと恐怖で何も考えられなかったよ。既に魔女として一通りの術を修めていたのにねぇ。
呆然としてたあたしを正気に戻したのは腹の虫だった。空腹が痛みに今まだ生きてると思い出したのさ。もそもそと干し肉を齧るうちにむかむかっとしてきてねぇ」
魔女は歯をむき出しにして笑った。
「ふざけるな馬鹿騎士め、返り討ちにしてやるって決意したのさ。それから一年首なし騎士を迎え撃つための準備を整えた」
「一年も騎士殿のために?」
「あらゆる知己と縁を使って協力者を集めたよ。姉妹弟子に賢人会議と魔女集会、戦士や騎士に大領主。最終的に当時の王の一人も力を貸してくれた
人が集まったら次は策だ。いろいろな策を考えた。
一晩中馬車で逃げる。
橋を切って川に落とす。
砦におびき出して埋める。
いつ来るかは分かっていてどこかはこちらで選べるんだ。
あまりに有利な条件、あまりに豊富な戦力、あたりたちはいつの間にか、逃げ切るから追い返す、追い返すから討ち滅ぼす、と目的を変化させていった」
魔女の顔は幼い頃の祭りを懐かしむような若き日の過ちを後悔するようななんとも言えないものとなっていた。
なるほどとデュラハンは納得した。
あの”刈り取り”においてマーティスたちはデュラハンを撃退するだけなら何度か機会があったのにそれをしなかった。
本気で首なし騎士を滅ぼそうとしていたのだ。
「そして一年後……別れの日が来た」
「別れられたんですか」
「ああ、多くの別れがあった。本当に多くの」
歯を噛み締め搾り出す魔女に首なし騎士もここ百年で最大のそして失敗した”刈り取り”を思い出す。
確かにあれは最高で最悪といえる”刈り取り”だった。
「あたしたちは首なし騎士を逃がさないようにまずは足を奪った。ベルフォーセットのラルド川を使って
コシュタ・バワーとそいつを分断したのさ」
ラルド川とはエルランドでも五指に入る大きな川だ。
その川とつり橋でマーティスはデュラハンからコシュタ・バワーを奪った。
戦馬車が渡れない細い橋を利用した見事な策だった。
それでいて自分たちは複数準備していた馬車で首なし騎士を好き放題に翻弄。
「川で遠乗り」
小娘が嫌な知識を蓄えている。
しかし獲物が生き延びようとするのを邪魔するわけにもいかない。
生きようとするからこその命、真剣になるのは当然だ。
「黒い三日月が中天に差し掛かるころ、あたしたちはそいつを巨人の落とし穴に誘い出した」
デュラハンとしては追い詰めたつもりだったのだが全くの逆。
名前のとおり巨人を落とすために造られた大穴に誘い込まれ、百を超える騎士や戦士に賢人会議の賢者と魔女集会の魔女が待ち構えていた。
賢者の祝詞に導かれた雷が降り注ぎ、吟遊詩人の謳う歌は戦士たちを鼓舞する。
魔女の癒しは傷ついた騎士たちを一度ならず二度三度と蘇らせた。
古の大戦を思い出させる”刈り取り”であった。
「激しくて苦しくて辛い一晩だったよ」
「一晩中、激しく」
壮絶なる戦いがあったことに息をのむルフェイ。
デュラハンも認める。
ここ数百年でもっとも豪勢な出迎えだったと。
あの晩集ったものたちは素晴らしかったと。
勇気があった。
誠実があった。
知恵があった。
義憤があった。
誇りがあった。
友情があった。
慈愛があった。
信念があった。
親愛があった。
仁義があった。
入れ食いとはあのことだ。
あらゆる首級が捧げられた。
デュラハンが負け戦を懐かしく思い返すのに比して魔女の顔は歪んでいく。
彼らに唯一足りなかったものがあるとすれば、
「夜明けまで生き残ったのはあたし一人」
力――ただそれだけだった。




